【番外編】腹黒くんの話①
腹黒くんサイドです。よろしくお願いいたします。
俺にはずっと見ている子がいる。
好きな訳ではなかった。ただ、気づけばずっと見ていた。
誰かが好きなのだろうか。その子はたまに切なそうにため息をついていた。
俺、原田黒鳥は元来、物や人物に対しての興味関心というものが薄い。けれど、何故かその子だけには興味を持った。
その子を目で追っている内に1年と半年ほど経過していたくらいには。
2年になってすぐの頃、教室へ忘れ物を取りに戻ったある放課後。教室の扉を開けた時、誰もいなくなっているはずの自分のクラスに、その子はいた。
「あれ、誰かいる」
思わず口に出せば、その子……西里彩音は、俺の親友の席でビクッと肩を跳ねさせ、俺に目を向けた。そして、しばらく俺を見ていた西里さんはすぐハッとした表情に変わる。
「あぁーーー!!!」
「!?」
いきなり大声を上げられて俺も驚く。
なんだろう。俺、西里さんに何かした?
理由を考えていると、西里さんは心底残念そうに肩を落とす。
「おまじないが……」
「おまじない? 何の?」
「うぅ……恋の……」
「恋のおまじない? でもその席って……」
俺の幼馴染で親友である、佐倉翔太の席だ。
「あ……」
まさか、西里さんの好きな人は翔太だったのか?
その結論を脳内で繰り返すと、何故か少し腹が立ったが、無視をしてとりあえず謝る。
「あぁもう……しにたい……」
「なんか、ごめん(?)」
「色々分かってないのに謝らないで下さい……」
いや、分かっている。分かった上でも俺が悪いのか?という疑念が語尾に微妙なはてなマークつけた。
しかし……
「でも、なんか意外」
「えっ。何が?」
そう、意外だった。
彼女は見た目が派手だし、肉食系女子の部類だと思っていた。いや、誰か(たった今翔太だと分かったけれど)を想ってため息はついていたが、それだけだった。
学校にいる間、大抵翔太と共に居る俺は、翔太が誰に話しかけられるかを大体把握している。しかし、それでも一度だって西里さんが翔太に話しかけて来ることはなかった。
「西里さんはもっとグイグイいくタイプだと思ってた」
「……よく言われます……」
「あはは、そうなの?」
落ち込んでしまった。
本人的にはかなりコンプレックスなのだろう。
そう見られたくないのなら髪を染めなければいいのに。なんて思ったけれど、彼女のつむじを見るも、そこから黒が生えていることはなく、彼女の茶色は地毛だと知った。
「そんなに落ち込まないで」
落ち込んだままのようだからとりあえず励ます。
「落ち込んではないです……」
「そう? というか好きな人って翔太なの?」
「はい……」
彼女は入学式の日、翔太に優しくされて好きになったが、話しかける事も出来ずにいたと話した。
西里さんは優しい男が好きなんだな。
であれば、できるだけ優しく、そして出来るだけ俺の黒い所は見せないように……。そこまで考えて、ハッとする。
どうして、俺が西里さんの好みに合わせようとするんだ?
そんな疑問は脳内でバツ印をつけて捨てる。
けれど、無意識に声は心なしか優しくなった。
「だから、おまじない?」
「はい……」
なるほど。全て納得だ。
彼女は派手な見た目に反してかなり奥手で、話かけることも出来ずに今日まで来てしまったから、おまじないという魔法にすがった訳だ。
それって、何か……俺、みたい?
西里さんを今日までただ見ているだけの、俺……
(なんだ。じゃあ、もしかして俺、は……)
「うーん。じゃあ俺が協力してあげよっか?」
気づいたら出ていた言葉に内心驚くも、顔に出さない為に笑顔を浮かべる。案の定西里さんも驚いて固まってしまっているじゃないか。
「いいんですか……?」
「うん、いいよ。おまじないの邪魔しちゃったお詫びってことで」
そこまで言うと、彼女はパァァと嬉しそうな表情に変わった。
ああ、可愛い。可愛いな、西里さんは。
じゃあ俺は今まで、好きだから、西里さんを目で追っていた訳か?でも、なんでだ。一目惚れ……じゃないはずだけど……
そこまで考えて、どこかの誰かが、恋に理由なんていらないだのと言っていた事を思い出す。
どうせ分かんないだろうから、この際理由はどうでもいい。気にしない。
今はこの子が、俺を見てくれれば。
協力するにあたって、彩音に下の名前の呼びすてを許してもらった。俺の事も名前でいいと言ったのに、彼女にはいきなりは無理だと苗字の呼び捨てだけさせてもらうと返された。
あれから彩音とは何度か秘密(?)の作戦会議を放課後、誰もいなくなった教室でしている。
「え、佐倉君って桜苦手なの? どうして?」
「そうなんだよね。実は昔、小学校の頃の劇でさ、先生が配役決めるんだけど、ほら翔太って苗字が佐倉でしょ? そのせいで桜の精をやらされちゃって」
「桜の精? そんなに悪い役じゃなさそうだけど……」
「桜の精だけならよかったんだけど……」
焦らしながら話すと、彩音が前のめりになりながら、続きを待つ。その姿は可愛らしいけれど、翔太の話だからだと思うと正直、面白くなかった。
それでも、彩音が望むなら……少しでも俺に心を許させるためなら、な。
少し黒い企みを悟られないように、いつも通りの自然な優しい笑顔で続きを聞かせる。
「その桜の精、実は性別が女の子だったんだよ。」
「えっ」
「それで翔太、低学年だったから拗ねちゃってさ。研究授業で集まってた大勢の先生達の目の前で大泣きして女の子役なんてやだやだ!って駄々こねて、宥められて、次の日からは話を聞いた女性の先生達にあら、佐倉くんは可愛らしいわね、なんて言われまくり……」
「うんうん」
「それが、翔太の中でかなり黒歴史になってるみたいで、桜を見る度に、桜は綺麗だけどでもって複雑なのか、しかめっ面してるよ」
「そんなことあったんだね! 凄く可愛い!! でも、佐倉君ってずっと春の日向みたいに優しく笑ってるから、桜が似合う佐倉君が桜前にして渋い顔してるなんて!」
可愛い。本当に可愛い。
きゃっきゃとはしゃぐ彩音がとても可愛い。
それに、本格的に翔太が恨めしいなとも思う。だって誰かを思ってぼんやりしている事が多かった彩音の好きな人が翔太で、しかも翔太の話をするだけで、こんなに可愛く笑っている。
「いーよなぁ……翔太は」
その呟きは、俺の幼馴染みのことを好きな彼女には届いてないんだろう。
♪〜
そこで、俺のスマホに着信が入った。
さっきまで、かなり上機嫌だった彩音が、その音に気づいて俺に言った。
「原田。私のことは気にしないで、電話、出ておいでよ」
「ん。ありがとう」
そう答えて、一つの机を挟み、勝手に使っていたクラスメイトの、彩音の正面の席から立ち上がる。
教室を出た廊下。俺は未だに鳴り続けているスマホ画面をタップし、電話に出た。
「なんだよ? 桜」
『あ〜、黒鳥? あのさぁ……彼氏欲しいんだ』
「作れば?」
いきなり電話がかかってきたかと思えば、同じ学校に通う従姉妹は、彼氏がほしいとのたまった。
『私の学年じゃあ作れないんだって!! 前の彼氏にこっ酷くフラれてから、同情するような目を向けてくんの!! そんな奴らとなんて付き合いたくないの!!』
「うるさい。で、なんでまたそれを俺に?」
『そっちの学年でいい人紹介して!』
「なんで俺が……」
待てよ。翔太を紹介して、二人が上手くいけば、彩音が手に入るかも……?
でも、彩音が傷つく。その企みは自分勝手だ。分かってる。けれど、その彩音の傷を癒せば……
「……」
『……黒鳥?』
「……分かった。紹介する」
『やったー!! ありがとう!』
三日後、俺は翔太を桜に紹介した。
二人はすぐに意気投合して、その日のうちに仲良くなった。
二週間後には、二人は付き合っていたけれど、彩音には伝えずに、今日も今日とて彩音との作戦会議を続けている。
「それでさ、佐倉君が笑ってくれて嬉しかったんだ〜」
「へぇ」
俺は翔太を桜に紹介したことを少し後悔しながら、彩音の嬉しそうな顔を見ていた。
だってまさか、あそこまですぐに仲良くなって付き合うなんて思っていなかった。
ふと、彩音が窓の外を見て、目を見開く。
「え?」
彩音のその声が、静かな放課後の教室に響いた。
「彩音? どうした?」
「原田ぁ……」
彩音が泣きそうな表情を浮かべて窓の外を指さした。
「……!」
彩音が驚いた俺の顔を見て、ポロポロと涙を流す。それに気づいたのか、彩音は俯いてしまった。けれど、机にはまだ、涙の雫がぽたぽたと降っている。
「彩音……」
声をかければ、彩音がぽつぽつと本音を語り出した。
「なんにも……行動しなかったけど……でも、でも……」
「うん」
知っている。何も行動しなかったことを後悔している事も、最初は一目惚れでもずっと思い続けている事だって、おまじないに頼ってしまうくらい、翔太が好きで、純粋なことも。
「私、は今日……、話せただけ、なのに……あの子は……手、繋いで……佐倉、くんも、あんなに楽しそうで……」
「そうだね」
「わた……私、なんにも、行動出来なかったけど、それでも、ずっと……入学式から、すき、だったのに……っ!」
「うん。知ってるよ」
全部、知っているのに。今悲しんでいる彩音を作った原因は俺だ。今更後悔しても遅いけれど
その後、彩音は大きな声をあげて泣いた。
それが落ち着いて、ぼんやりしている彩音に、俺はごめんと呟く。
でも、翔太への失恋のショックで放心状態の彼女にモヤモヤしてしまう自分がいるのも事実。
だからなのか、行動してしまった。
泣き止んだ彩音を横から抱きしめて、言ってしまった。
「俺じゃ、ダメかな……彩音」
「え?」
彼女に触れる事が出来た喜びと熱、大好きな彼女を泣かせた原因が俺だという罪悪感と後悔とが、ない混ぜになった複雑な感情が、胸を酷く痛ませた。
それでも、自分の目論見通りの結果に近づいていることに口角をあげてしまう俺もいた。




