ろくでなしの所業とガーウィン事件から導き出される答え
私は書類を再び捲り、ガーウィンの遺体についての報告が一行も無い事にようやく気が付いた。
「そういえば、セリアだって。アーサーのお母さんが遺体を隠したって言っていた。殺されて遺体を隠された人は怨霊体になるの?いや、でも、あのお化け少女は死体はあったはず、でしょう?」
「俺は、違う、俺は、誰ですか?」
私の左の耳元に囁いて来たのは、私が知っているガーウィンの声だった。
私は怖々と左を振り向いた。
黒っぽいズボンを履いた足が後ろ向きに立っている。
その男の向かい合わせに正面を向いて立っているのが、私が知っていたガーウィンというのはどういうことだ!
後ろ向きのズボンの男は一歩前に進み、大きな包丁を持っているガーウィンであるのに、何の気負いも無しにガーウィンの顔へと手を伸ばした。
べりっと何かが剥がれる音が小さく響いた。
つけ髭とカツラでガーウィンの扮装をしていたのか!
髭を外した男の顔は、数十秒前に見たばかりの幻影、イアンの用心棒の二人のうちの一人じゃないか。
私が知っていたガーウィンこそガーウィンじゃ無かったという事実を突き立てられて驚く私と同じく、新たに出現した幻影の中の彼こそ、今まさに自分がこんな扮装をさせられているという事を驚愕を持って気が付いたようだった。
「え、俺は、あれ、イアンさんに命令されて、あれ、俺はああ、俺は?」
「あなたは何をしていたのか分かっていますか?」
静かな声はハルトの声だった。
これは、アストルフォがハルトに化けた声じゃない、と思った。
だって声に哀れみを含んでいるのだもの、そうでしょう。
そして、小説でのハルトの決め台詞を受けた男は、うわああ、と叫んで両膝を床に打ち付けた。
包丁を持った手のまま、床に座り込み、自分が行って来た殺人を思い出したのか慟哭をあげる男。
そんな憐れな殺人者を横目に、その男を追い詰めてしまったハルトは店内の電話機に向かった。
「お前も消せばいいんだ。」
え?
男がゆらりと立ち上がり、ハルトの背中に包丁を翳した、じゃないか。
どおん。
大きな音が小さな店内に響き渡った。
店内奥にあった大型の商品保存用冷凍庫が包丁を翳した男に襲いかかり、その男をゴキブリみたいに押しつぶしたのだ。
冷凍庫で男が潰れた一瞬、私には紺色の影が煙のように散ったのが見えた。
また、受話器を持っているハルトが、ハルトじゃない声で驚愕して見せた事も聞こえていた。
やっぱりアストルフォだったとは!
男を押しつぶした冷凍庫は、その中に四体の死体も抱えていた。
本物のガーウィンさん。
ガーウィンを殺したイアンともう一人の用心棒。
ガーウィンのスパイをしていたらしき少年。
全てビニールにくるまれているものだが、そんな大量の死体を入れ込める冷凍庫に押しつぶされた男の生死など、考えるまでも無いだろう。
それなのに、そんな大技を哀れな男に為した少女は、さもその男が生きているかのようにして仁王立ちになった姿で右手の指を突きつけた。
「ガーウィンさん。あたしはあなたが子供達をかどわかしていけないことをさせて、そして!邪魔になった子供を殺していたって事を知っています!」
このまるっきり事実と違う推理を叫んだのはエルヴァイラで、ハルトの扮装をしている男、アストルフォは、ハルトにはできないだろう物凄くチャーミングな笑顔を彼女に見せると、人差し指を立てて自分の口元に当てた。
「ロラン?」
「しぃ、だよ。君は騒がずにこのまま寮に戻って。俺がこの後始末をするから、いいね。」
「あたしがしたことよ。あなたを襲おうとした人をやっつけただけじゃない。罪を負う事になっても、あたしはあなたからの貸しを返したいから構わないの。」
「君が連れていかれたら俺が困るの。俺は君に貸しを作っておきたい。その意味が分かるよね。男が女の子に良い格好がしたい気持もわかるよね。」
「何を言っちゃってんのよ!このアホンダラ!」
私は幻影の中で叫んでいた。
どうしてここまで過去の幻影がはっきり見えるのかと訝るよりも、現在過去未来とハルトに迷惑な状況を作ってきた男に怒っていた。
奴が私に知らせたかったことは、きっと、人を惑わす紺色の影の存在、恨みを抱いた人の怨念、繰り返される殺人、この三つの要素で怨霊体が出来るということに違いない。
それから、セリアが特定の条件が揃えば引き寄せられて、それで様々な場所にいる被害者を自分の殺害現場に連れていけたという、実験?結果を私に知らせたかった、いや、実験させたいという意思があるのならば?と本気で忌々しいとアストルフォを呪った。
私はファイルを引き寄せて、どの怨霊体が襲われた時に一番逃げ切れそうなのか、を読み取ることにした。
奴は言っていた。
扉から逃げちゃいけないよ、と。
それは、扉以外から逃げてみせろ、そんな命令であるのではないのか?




