スーハーバーで起きていた事件
アストルフォに押し付けられた幽霊地図作りという作業を、私は自分の監禁室ではなく台所の床で繰り広げていた。
監獄の白地図が広げると意外と大きかった事もあるが、地下室で幽霊話など読みたくはないではないか。
電気が突然消えたら窓もないあそこは真っ暗になるし、ドアが幽霊によって外から鍵を掛けられたら、私の人生はそこで餓死という結果に終わるだろう。
そして、ダイニングテーブルなどを壁際に寄せて、床に広々とハルトがいる監獄の見取り図を広げて書き込みをしているのだが、怨霊体と呼ばれて人の命を奪うものらしき移設された術具は十八もあった。
「ほんとーに嫌な符号!七チームの内のラストスタンディングが、たった一チームというルールじゃないの!二十一人の内十八人をこの生贄にしたいってことがプンプンしている!」
私は怒りのままペンを地図に投げつけた。
本当に怒りのままだ。
呪いを解除する方法も自分で思いつけたことは記入したが、そんなものを記入した所で私はハルトに伝える事が出来ないのだ。
「アストルフォに伝えたら、それでハルトが助かる?」
私はそうは思わない。
十八の術具がどこに罠として仕掛けられているのか、そして、その術具の呪いはどう解けばよいのか、アストルフォこそ熟知している気がするのだ。
「ああ!あの野郎!私に本当は何をさせたいの!ハルト達の危機をしっかり知ることで私の不安とかを盛り上げようとしているだけ?ああ!セリアの時の怖さを知っているわよ!あんな目にハルトが遭ったらって考えると、そうよ!自分がそんな目にまた遭うよりも心配で心配で怖いわよ!」
私は頭をかきむしり、そのまま床に広げた役立たずな地図に突っ伏した。
私の顔は一階の食堂の真上にくっついていて、見たくも無いのにその食堂に仕掛けられた術具の怨霊体の元の名前が目に入った。
ジーノ・ガーウィン。
昨年の冬に閉店した肉屋の店主。
数年前に両親の後を継ぐと首都から戻って来ていた人であり、温厚であることと長めの巻き毛の髪やその髭だらけの顔で、クマみたいだとスーハーバーでは老若男女問わず慕われていた人だ。
だが、小説ではエルヴァイラとハルトの最初の事件の犯人であり、彼らに殺人者と名指しされて断罪される人でもある。
これはエルヴァイラとハルトに化けたあのアストルフォの妖魔退治という真実になるのだろうとぼんやりと考えて、そこで初めて気が付いた。
そうだ、セリアの怨霊こそアストルフォは倒そうと炎の剣を構えていたじゃないか、と。
私はがばっと起き上がり、もう一度ガーウィン事件のファイルを手に取った。
開いたファイルには、先ほどは読み流したが、読み捨ててはいけない数行がそこに存在していたのである。
――ガーウィン事件の最初の殺人の犠牲者、イアン・マクフライはガーウィンが首都で開いたチーズポップの従業員であり、チーズポップの店名であるチーズポップと呼ばれる料理の特許を取りマクフラヤーの名でチーズポップの専門店としてチェーン展開していた。
「つまり、イアンはガーウィンのチーズポップのレシピを盗んだ上に自分のものだって特許申請して店を開いちゃったという盗人猛々しい人なのよね。そんなイアンをガーウィンが殺しちゃったって事よね。」
呟いた私の耳に客の来店を知らせるドアベルが鳴った音が響いた。
顔をあげれば、思い出したくもない、恋人でもあった男が戸口にいた。
「うわあ、みすぼらしい事で。こんなんじゃ、子供を使って俺の店の悪評を流したいって思いこむのも納得ですよ。」
私は自分をあざける声に、彼が自分を愛して自分の恋人であったことなど一度も無かったのだろうと、今ようやく受け入れた。
私は裏切り者の薄汚れた男を見返した。
「悪評かな。私から盗んだレシピは不完全なものだ。誰だって作れるものでしかなくて、隠しがないからすぐに飽きられる。ハハハハ、マクフライヤーしか知らなかった子供は私の本物を食べて本当を知っただけだよ。」
そこでイアンはニヤリといやらしい笑みを顔に浮かべた。
彼の後ろから黒服を着た用心棒の様な男二人と、良く知っている少年がニヤニヤしながら店に入って来た。
私はそこでぎゅっと目を瞑った。
幻覚を見せられた私も目を瞑っていた。
そして、瞼を開け、私がいるのがアストルフォの部屋の台所でしかなく、過去の幻影で殺人が行われるその続きを見なくて済んだとホッと溜息を吐いた。
いや、そこでガーウィン事件についての報告の祖語に気が付いたのだ。
「え、あら?店の破壊を止めようとしたガーウィンこそ、用心棒たちに引き倒されてその場で亡くなったってあるじゃ無いの。この時点ではイアンは生きてる。でも、ガーウィン事件では最初の被害者だって。ガーウィンこそ怨霊体339認定されていたんじゃないの?」
私はガーウィン事件の書類に再び目を落とした。