逃げ込んだ先で
ガラスを割って潜り込んだのは、囚人達にとってはやりたくもない仕事をさせられる作業場であった。
無理矢理にバトルフィールドに放り込まれた今の俺達に囚人の作業場とは、皮肉が効き過ぎているぐらいに最適な逃げ場所ではないか?
俺は自分の境遇を鼻で笑いながら室内を見回した。
小学校の教室ぐらいの大きさの室内には、ミシンが置かれた横長の机が横に三列、縦に五列と、十五個の机が整然と並んでいる。
学校の家庭科室のようだと一瞬考えたが、学校の家庭科室にあるミシンと違い、この部屋のものは皮か何枚も重ねた帆布を縫うためにあるような針がとても太いというものだった。
だん。
勝手に十五台のミシンのどれか一台が動いたようで、俺はその程度の事なのに、なぜかかなりびくりと反応してしまった。
いや、七月という夏であるのに、俺の肌には鳥肌が立っているのだ。
「ダレン、この部屋に涼しい風を吹かせてくれたのか?」
ダレンには氷結魔法が使えるからと、この部屋の冷たさはダレンの仕業だと思い込むことにした。
そして、この気持ち悪い感覚をダレンの仕業だと肯定して欲しいと、親友に声を掛けながら振り向いたが、なんと、ニッケとダレンが部屋の扉に結界を張る作業らしきものをしていたから驚きだ。
「すごいな。結界魔法なんて使えたんだ?」
二人は俺に振り返ると、同時に口元に指を立てた。
どういうことだと訝しがる俺に、ダレンはつかつかと真っ直ぐに来ると、俺の目の前にその大きな手に平を見せ、俺の耳元に唇を寄せた。
「俺達の考案した結界魔法は極悪だぜ?一歩足を踏み込めば爪先から燃えるって寸法だ。」
いつもと違う話し方をしたダレンの手の平には、ダレンの水魔法による文字が生き物のようにのたうっていた。
――ニッケの話じゃ魔法の目と耳だらけだそうだ。それっぽい振る舞いをして威嚇しての時間稼ぎだ。余計な事を言うな。
賢い二人に対して物凄く役立たずな俺は、取りあえず全て任せますと言う意思が通じるように二人に敬礼をして見せた。
だか、だだだだだだだだだ。
急に板に何かを細かく打ち付ける音が聞こえ、俺達はその音のした方へと振り返った。
横に三つ並ぶ真ん中の列の、五つ並んだ机の後ろから二番目、そこに置かれたミシンが勝手に動いているのである。
布地も無いそこを、どどどどど、と音を立てて針を突き立てているのだ。
どどど、どどど、ガキん。
キラッと光る何かが弾けた。
ガチン。
言葉通り目の前に飛んで来た太いミシン針は、俺の目玉を刺し貫く直前でダレンの氷に突き刺さり、凍った氷ごと床に落ちた。
「ありがとう。」
「いや、礼を言うには早いかも。」
ダレンの言葉に応えるように、全てのミシンが一斉に動き出した、のだ。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ。
俺は自分と親友達を守るべく豪風を作って俺達の周りに壁にしてまわし、それから海の波の様な厚い空気の層を作り上げるや、それで室内の全ての机にぶち当てた。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ。
木の机は木っ端みじんとなり、ミシンだって粉々に弾け、そしてそれらの破片は全て俺達の立つ壁とは反対の壁際に打ち付けた。
出来る限りの力を当てたそれらは砕け、危険な金属部分の破片、特にミシン針は、刺さるはずのないコンクリの壁に全て刺さり、粉々にできた無害な破片は壁の下で山となっている。
「これで、脅威はひとまず――。」
「ダメじゃああ。ハルト!幽霊本体が現れたぞ!なあ!」
珍しく悲鳴みたいな声をニッケはあげた。
目を凝らさなくとも、彼女の言う通りに、室内の真ん中に半透明な中年男性の囚人の霊の姿を見る事が出来た。
オレンジ色の繋ぎを着ているその霊は、体中をミシンの針によって穴を開けられており、その痛みに自分の体を抱きしめているという立ち姿だ。
「きゃああ!お化けだあ!怖いいいい!」
ニッケは両手で顔を覆い、ダレンはそんなニッケを抱き寄せて、なんと、自分の胸に押し付けた。
これはこの二人の演技なのだろうか?
だってニッケは、海の生き物お化けシリーズを呼び出せる召喚士じゃ無かったのか?
「大丈夫か?ニッケ?怖いなら目を瞑っていろ。」
演技なのによくやるなあ、俺が二人を漠然と見つめていると、ダレンの顔は意外や本気で心配しているような、脅えるニッケに戸惑っているような、そんな表情を作っていた。
「ダレン?」
「いや、俺は初めてニッケが可愛いと思ったかもしれない。女の子だね!」
いや、可愛いのはお前だと思うよ、ダレン。
ほら、お前の腕の中のニッケが物凄く嬉しそうに、にへら、と笑ったぞ。




