無能力なモブである私がこれからすべきこと
報告書が貼り付いていたのは写真についていた糊によるものだったらしく、報告書をぴりっと剥がすや中から幼い少女が映った写真が出て来た。
真っ赤な髪の前髪をポンパドールにして、肩よりも長い髪は後に下ろしている。
真っ白な肌なせいか鼻の上にはそばかすがちり、ニコッと笑顔にした口の中は前歯が一本足りない。
そんな可愛らしい女の子の目は、蛍光カラーで光っていると思うくらいなエメラルド色の瞳をしていた。
「かわいい子。」
私は写真の少女を見つめ、すると、少女の目元がさらに微笑んだ気がした。
「ありがとう。」
「え?」
私は後ろを振り向いたが、私の後ろに誰かがいるはずもない。
今の声は何だと写真を持つ手を再び覗き込み、写真の中に誰も映ってはいないと気が付いてぞっとした。
「目が見えない人用のタイルは、目を瞑って踏むとすごくいい事があるって言うから、私は目を瞑ったの。そうしたら、私は背中を押されたの。」
私の背中には写真から逃げ出した誰かがいて、その誰かが私の耳に自分が死んだ理由を囁いたのである。
私は前世の時代を思い出していた。
お化け話で何処までも盛り上がった修学旅行や大学の飲み会。
ああ、恋バナなんてできない女ばかりだったから、心霊話に花を咲かせちゃっていたよ、その名残なのかしら、と。
「モブに超常能力を与えられない設定だからって、幽霊見える聞こえるは一番いらない能力だよう!」
私は思いっ切り大声で叫んでいた。
すると、私の叫び声に私の後ろにいた幽霊こそがきゃっと脅え、私は自分の方が有利になった事を良い事に幽霊に振り向いていた。
「さあ、どうしたらあなたは成仏できるの!言ってみなさい!」
少女の幽霊は、痛々しいぐらいに私に脅え、可愛らしくぐすっと涙ぐみ、ママに会いたい、とおどおどと幼気な様子で呟いた。
私はママに通じる何かが無いかとファイルに再び目を通し、グリーン家の電話番号を見つけた。
事件は昨年で、怨霊体認定の視覚障碍者用誘導タイルが今年に移設されたばかりならば、この電話番号はまだ有効かもしれないじゃない。
「いいこと?私があなたのママに電話を掛ける。電話が繋がったら電話線を通してママの所にいらっしゃい。わかったわね。」
「ど、どうすれば行けるの?」
「ママって念じればいいと思う。駄目だったらまた別に考えましょう。」
幽霊幼女は頭をうんうんと上下させ、私は彼女を引き連れながら階上の電話台があるリビングへと向かった。
勝手に電話を掛けるのは協定違反か?
「ママ、ママのお声が聞けるの?」
ぐすっと泣く幽霊の声が哀れで、私は電話機のボタンを押していた。
幽霊の家に未だ電話がつながるか分からなかったが、数回のコールで柔らかい女性の声が応答した。
「はい、グリーンでございます。」
「お前に殺されたアンナだよおおおおおおおおおお。」
地の底から響く声で叫んだ幽霊は、私の掲げ持った受話器の中にひゅるるると吸い込まれて消えていった。
電話の向こうから断末魔の声が聞こえたが、私はそのまま電話を切った。
「どうしよう。人殺しになるのかしら。でも、幽霊の仇討だし、い、いいよね。」
私は電話代の横にへなへなと座り込み、その時急にアストルフォの部屋のドアが視界から動かせなくなった。
いや、間接的に人殺しをしてしまった事で、私は毒を喰らわば的な気持ちになっていたのかもしれない。
いやいや。
アンナの恐ろしい姿に、シュルマティクスで移設された怨霊体が実験されたのちに人殺しの道具に使われたという、あのモハベ氏のファイルを思い出したのだ。
セリアが腐った卵の誘導によって人殺しをしようとしたことも、実験と書いてあったのではないか?
シュルマティクスに移設された怨霊体の実用性の実験は、恐らくシュルマティクスに集めたハルト達にさせるはずだ。
能力者の高校生同士の戦いごっこなんて最初から嘘で、怨霊体の効果を調べることこそが狙いだったら?
「シュルマティクスの見取り図に移設された怨霊体を書き込んだらどうだろう?ハルトの助けにならないかしら?」
そんな地図を作ったとして、それをどうやってハルトに届けるのか考えもつかないが、ハルトの為に何かできる事と言ったらそれしか無いのだ。
私は立ち上がると、アストルフォの部屋の扉へと向かった。
どうやって鍵を壊そうかと、どうせ鍵が閉まっている筈だと思いながらノブを握ったが、ドアは簡単に私へと開いてくれた。
「あのろくでなし!」
彼の整頓された寝室の壁は落ち着けるグリーンだが、その壁に騒々しく文字が書き殴られた大きな張り紙が、これ見よがしに貼ってあったのだ。
――ウサギちゃんへ。
勝手に僕のお部屋に入るのは協定違反です。
罰として、
アストルフォ様の資料を整頓して、怨霊体の移設場所の地図製作、
及び、怨霊退散用のヒントを提案しておくこと!
おやつの時間までにね!
※ちなみに、室内に幽霊を呼び込んじゃったら、
ちゃんとお部屋から追い出しておくこと。
頑張ったらご褒美があるよ!――
私は張り紙の下になるベッドの天板に置いてある折りたたまれた紙、恐らくシュルマティクスの見取り図を手に取った。
忌々しい気持ちだったが、彼が私に与えた罰と、私が思いついたハルトの為になりそうな行為が一致したのだからやるしかない。




