哀れな恋人達と嘘吐きの嘘
いたたまれない気持ちでいっぱいの私は、とにかく体を動かすことにした。
一週間閉じこもっていろと命令されているが、私は生きていくためには食べる事が必要で、冷蔵庫の中の物や収納庫にどれだけの食品が残されているのかと探ることにしたのだ。
昨日のお昼に帰って来たアストルフォが、補給品だと食料を箱で運んできていたけどね。
だけど、嘘吐きな奴が食糧庫や冷蔵庫に片付けたのだから、私は生き延びていたいならば確認するべきなのだ。
そしてほら、冷蔵庫を開けた早速に、私はおかしな食品を見つけたぞ。
「何これ?天辺に小さなテーピングが貼ってある?」
冷蔵庫の上段手前にこれみよがしに鎮座していたのは、半分以上使われた卵のパックだった。
冷蔵庫扉にある卵ケースには、アストルフォが買い足したらしき新鮮な卵が十二個ちゃんと納まっているのであるからして、本当にこれ見よがしな奇妙な存在と言えるだろう。
わざわざ区別するかのように入れてあった卵パックは、卵の天辺に変な貼り付けがしてある奇妙なものだと、私は首を傾げながらそれを取り出した。
「十二個パックの中に入っている変な卵があと五つ?」
嫌な記憶が蘇りそうだと思いながら、怖々とパックから一つを取り出し、卵の天辺に貼ってある四角いテーピングをそっと剥がした。
「臭い!」
あまりの臭さに流しに投げ込んでしまった。
卵は曲線を描いて流しの中に落ちてぐしゃっと割れ、本気で嫌なぐらいに忘れたい記憶を呼び覚ましていた。
あれは、私がぶつけられた腐った卵だ。
セリアがやってくる卵だ!
はぁ!
私は自分の身体を抱き締めて、これからの恐怖に脅えて息を吸い込んだ。
流しは銀色で磨き込まれていて、くすんだ鏡ぐらいには世界を映す。
「ああ、やっぱり。」
白い手が天に向かって突き出され、自分を呼んだ者を探し始めた。
捕まえた者を自分が殺されたプールの底へと誘うために。
白い腕だけじゃない。
腕の間に真っ白な髪がぼわっと吹き出し、それが形作って頭になって、人の頭になったそれは頭をあげた。
私は純粋に驚いていた。
私に潰された目元はなぜか綺麗に治っていて、彼女の顔は生前に近いくらいに整っていて、以前ほど化け物じみてはいないのだ。
セリアは見えない目で周囲を見回し、そして、鼻をひくつかせた。
「誰か、いるでしょう。そこにエルヴァイラはいるのよね。謝るから、あなたに謝るから、お願い、手紙、手紙を返して。」
死んでしまった彼女の身体は変化自在だ。
伸ばしていた腕はさらに伸びて虫の足のようにおかしな角度で曲がり、そんな長い長い腕はエルヴァイラを探して台所中を撫で始めた。
床を。
棚を。
テーブルを。
冷蔵庫だって撫で、そしてついに、冷蔵庫の前で身を縮めていた私の身体に彼女の指先が触れた。
私はビクンと震えたが、その手は以前のように私に掴みかかっては来なかった。
そっと私の頬を撫でただけだ。
「ぬすんだ、てがみ……を、かえ、かえし……て。」
恋人のよすがを探す哀れな少女。
ハルトと相思相愛になれた私は、セリアの喪失感を想って胸がズキンと痛み、すると、彼女を哀れに思う私の口が勝手に動き出したのである。
それは別に構わなかった。
私も次にセリアに遭遇したら、彼女に伝えなきゃと思っていたから。
「君は僕を見つけられない。けれど、僕はいつまでも君を見つめている。」
セリアの恋人のアーサーが書いた手紙であり、セリアが必死に探しているであろう彼の最後の手紙に違いない文言。
それはその通りでしかなかったようで、私の声だってアーサーのものらしい男性の声になっていたのだ。
白い腕の化け物は、ああ、と叫んで身を乗り出し、私に向かって腕を広げて抱きついて来た。
しかし、私に重なるようにして存在していたらしき霊体、アーサーが、セリアのその腕を引き受けて、そのまま二人は抱き合ったのである。
そこで、全部終わった。
あんなに人を巻き込んだ妖魔の最期にしてはあっけなかった。
ぱしゃんて、水音が起きただけだ。
アストルフォの台所が少しだけ水浸しになっただけだ。
塩素臭い水浸しに。
だがしかし、私は可哀想な恋人達の成仏に感動するどころか、卵の仕掛けに気が付いたことで、食料確認よりも必要な事を突きつけられていた。
――俺が殺した遺体写真だよ。何か読み取れないかな?
彼が神経衰弱のように並べた遺体写真、そこにセリアの顔があったはずだと思い出していたのだ。
セリアを殺したのはアストルフォじゃない事だけは確実なはずだ。
ではどうして彼はそんな嘘を言ったのか?
私は自分の監禁部屋に飛び込んでいた。
アストルフォが置きっぱなしにしていた殺人ファイル、遺体写真やその状況が事細かに書かれた書類箱にアストルフォの嘘の答えがあるはずなのだ。




