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監禁者とうさぎ

 監禁されている私に出来る事と言えば、ドアを叩いて出してと叫ぶことだが、監禁者がショーン・アストルフォという事でそれは絶対にしないことにした。


 ほら、どうせやるなら手の皮が剥けるまでドアを叩け、とか、血反吐を吐くまで叫べ、とか、あの男は命令してきそうじゃない?

 君子危うきに近づかず、よ。


 では私は何をするべきか?


 まず、自分の服に着替えるもそうだが、服を脱ぐのならば、自分に変な怪我がないか、体におかしい所がないかのチェックだ。

 バスルームは清潔で設備も最新で、そして、洗面台もちゃんとした綺麗なもので鏡も大きいというものだった。

 あまりにもちゃんとしすぎていて、食事さえ毎食運ばれていれば、一年くらいは平気で過ごせそうなほどなのだ。

 つまり、ビジネスホテルぐらいの設備だと言っても良い。


「やばい。あの男、本気で変態かも?私を育ちきっていないなんて言っていたって事は、飼育目的?女子高生飼育?二年か一年後に私を喰うつもりなの?うわ、どんどん変態度が増していくじゃないの。」


 しかし、私の外見のどこが飼育心を誘うのか?

 鏡に映る自分は、やっぱり普通としか言いようのない顔だ。

 目は黒曜石と言えば聞こえがいいが黒いだけで丸いだけだし、髪の毛だってあのアストルフォみたいに銀色に輝くわけでも、ハルトやあのアストルフォみたいにメッシュで違う色が入っているどころかどこからどこまでも灰色なのだ。


「は、そうだ!イケメンだからこそ普通顔を好むのかもしれない!でも普通顔の成長をわざわざ待っても普通顔は普通顔にしか成長しないよなぁ。」


 私にそうだよねぇと答えるようにして、ぽそっと私の前髪が顔の前に落ちてきて、私は無意識にその髪の毛を耳に掛けた。

 その動作でハルトの優しい指の動きと、ハルトの囁きが蘇った。


――ウサギさんみたいなふわふわの髪の毛。


「そおかあ、うさぎだ!そうか、それで飼育したくなったのね。って、ウサギ育てる目的って食べる為じゃ無いの!やっぱり食われるの?うわあ!切り刻まれての実験体だった?」


 ギャハハハハハハ。


 バスルームの扉の向こうでけたたましい男性の笑い声が聞こえ、私は大きくびくっと脅え、脅えながらもドアを開けてそっと監禁部屋の方を覗いた。

 絨毯だけで何もなかった部屋の真ん中に幾つかの箱が置かれ、その箱の中身は何かの本ばかりだった。

 そして、その箱を運んできたらしき人物はアストルフォで、その彼は絨毯に転がって腹を抱えて笑っているのだ。


 何も見なかった事にして扉を閉めよう。


 しかし、びゅうっと強い風が吹いて、ドアは閉まるどころか大きく開いた。


 転がっているアストルフォが私に向けて右手を差し出していて、私は恐怖でぴきーんと体が固まっている。

 ハルトがその素振りをすれば、私はきゃあきゃあ騒いでその手を両手で掴んで起き上がらせたり、その手の中に入って一緒に寝転んだりするわ。


 でも、あなたはアストルフォ、だ。

 どうしなくても、アストルフォ、だ。


「おいで。」


「嫌です。」


「ほら、怖くないよって腹を出しているよ?」


 腹を見せていようが、赤ずきんちゃんの狼にしか見えませんて、あなたは!

 けれど、言う事を聞かないと本気で何をするか分からない男なので、私はびくびくしながらその手の傍まで数歩歩いた。


「もっと、おいで。」


 もう一歩だけ前へ進んだ。

 とんっと背中を何かに押されて、私はアストルフォの方へと転がっていた。


「きゃあ。」


 私は絨毯に転がる前に起き上がったアストルフォに抱き抱えられていた、という恐怖体験をすることになり、アストルフォの腕の中で身を縮こませていた。


「ああ、本気で怖がりのウサギさんだ。ミュゼ、本当に君は可愛い。そうだね、君は飼育していこう。ウサギさんの飼育は楽しそうだ。」


「ひい。ご、ごめんなさい。言いがかりでした。許してください。」


「ハハハハ。面白い。本当に面白い。」


 アストルフォの手は私の頭を撫で、背中を撫で、と、私を宥める様な動きをしているが、私は彼の手の動きに落ち着くどころか体が凍っていくようだ。


「おやおや、残念だ。俺は君に本気で嫌われているようだね。じゃあ、君の大好きなハルト君になろうか?そうしたらいい子に俺に飼われてくれるかな。」


 ハルトを思い出して胸がズキンと痛んだ。

 絶対に絶対、彼は私を探している。

 私がいないことに凄く傷ついている。


「ほら、お返事は?」


「あ、あなたのままでいてください。それで、ああ、それで、ハルトは私を探しているわ。それで軍部に逆らう事になるかもしれない!でも、ああ、だから、彼には何もしないで!」


 私の唇にアストルフォの指が触れた。

 私はビクンと脅えて口を閉じるしかなく、そんな私にさらに優越そうな顔をした男は、人でなしな事実を私に囁いた。


「そこはちゃんと処理している。君は首都の病院で意識不明って事になっている。ハルト君が君を無鉄砲に探すことは無いよ。悲しさに負けて彼が死んでしまうかもしれないけれど。」


 小説では九月に起きる予定の、殆ど特攻の様なハルトの死。

 それを私が引き起こすのか?

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