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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第十一章 世界はモブのために
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世界はそして手に入る

 俺は病院に今すぐにミュゼを連れていきたいのに、ミュゼはパーティ会場に行くのだと言ってきかない。

 俺の中で嫌な嫉妬心が急に芽生えた。


「病院はヒヨコと行きたい?」


 ミュゼは俺を右手で叩きかけて、うわあ、俺こそその右手がさらに痛めつけられないようにと彼女の腕の周りに風の保護層を作り上げた。

 うん、でも滅多に諦めないミュゼが俺を叩く事を諦めなかったせいで、保護層のある腕による打撃は俺の胸にかなりきたし、折れた骨の振動でミュゼこそ小さく喘いでいた。


「この馬鹿!」


「バカはあなたよ!どうしてジュールズ!」


「だって君が訳の分からないことを言うから。」


「わけわかんなくない!約束したのよ!私が会場に連れて行った男性が私の恋人だって、絶対に認めるって、エルヴァイラもあなたの偽物も認めたの。だから、お願い!私と会場に行ってちょうだい!あなたが私の恋人だと皆に対して大声で言いたいの!」


 俺は笑っていた。

 笑って泣いていた。

 俺の姿は変わったが、俺を変わらずに愛してくれる女性を手に入れたのだ。

 親父の会社の金ではなく、魔法特待生のエリート称号でもなく、俺自身の自慢だった外見が消えたのだってものともせず、ろくでもない中身の俺だけを選んでくれたのだ。


「君は馬鹿だ。絶対に後悔する。」


 ミュゼは俺の言葉こそ馬鹿だという視線を俺に投げつけ、それからすぐに憧れを見つめる目で俺を真っ直ぐに見つめて来た。

 俺はそれだけで胸がいっぱいなのに、彼女は俺に幸せそうに微笑んだ。


「……あなたと一緒だと、世界がいつも輝いて見えるのよ。」


 彼女の真っ黒い瞳はきらきらして、俺が夢見た宇宙の煌きのようだ。

 俺はミュゼを助けた時の、海の底での記憶を思い出していた。

 彼女が俺に世界を与えたと錯覚したあの美しい記憶。


「……それは君が俺に世界を与えてくれたからだ。」


 俺の涙はミュゼの頬にかかり、俺は彼女にキスがしたいと身を屈めた。

 怪我だらけで血塗れの彼女に対し、さらにキスなんてしようとするなんて。

 けれどミュゼは俺に目を瞑って見せた。

 唇だって俺の為にふんわりとしたキスをねだる形となった。

 そう見えた。


 俺は彼女の唇に自分の唇を重ね――。


「このド阿呆ハルトが!そのまんまミュゼに触れたらミュゼが痺れ毒で死んでしまうぞ!なあ!」


 俺とミュゼは、いや、殆ど俺だけ丸かぶりだったが、ざっぱーんとニッケに水をぶっかけられていた。

 水をぶっかけられた俺は目が痛いと目をぎゅっと閉じ、そのせいかぶっかけられた水の臭いを強く感じる事が出来た。

 いや、目を瞑らなくとも、この匂いはわかる。


 海水、だ。


 気が付いた途端に、俺の全身から痛みが潮が引くようにして、本当にその表現通りに消えていった。

 ずざざざざざ、ずるん、だ。

 俺は目を開け、ニッケに海水を被せられたことで俺から剥がれてくれたイソギンチャク、足元でひくひくしているピンク色の軟体動物を足で蹴り飛ばした。


「おまああえええ!命を救ってくれたスナイソギンチャク様になんとするか!」


「勝手に俺に寄生していただけだろうが!俺は昼からめっちゃ痛くて死にそうだったんだ!知ってたんなら助けに来いよ!」


「わしはドレスアップに一大事だったんじゃ。スナイソギンチャク様だってお前の身代わりに毒を受けて、わしと交信できない有様じゃったしな!お前こそ頭を働かせろおお!」


 俺は煩い親友ニッケではなく、彼女の隣でしゃがみ込んで俺の姿に安心の溜息を吐いてくれたダレンという親友に微笑んで見せた。


「ミュゼの望みだ。会場に行く。それで、すぐにミュゼを病院に運びたいから救急車を頼んでくれるか?酷い怪我をしているんだ。」


「いいよ。だけどさ、最初のブタ人間で登場してから海水、が良かったねえ。」


「バカいうな。ダレン。わしはハルトの為にぶっかけてやったんだ。会場に行く前にキスぐらいはしたいだろよ。なあ!」


 俺はミュゼをぎゅっと抱き上げると、ニッケを見上げて片目を瞑った。

 ニッケが俺のウィンクに真っ赤になるのは小気味が良いが、俺はせっかくだからとミュゼを抱く腕に力を込めた。

 ミュゼは俺の腕に納まるや、はにかんだようにして、ぼうっと顔を真っ赤に染めてくれた。

 そのミュゼの可愛らしさだけで、俺の胸もきゅっと、いや、何かがすとんすとんと胸や背中に刺さってくるようだった。


「キスしていい?」


 さらにさらに真っ赤になったミュゼは、俺に顔を上げて瞼をそっと瞑った。

 俺はほんの少しだけ彼女の上半身を持ち上げて、俺に向かって唇を差し出している、自分の腕の中にいる最愛の恋人の唇に自分の唇を重ねた、のである。

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