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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第十一章 世界はモブのために
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救出

 俺は動きだせて良かったと世界に感謝した。

 そして、どうしてもっと早く動き出しておかなかったのかと、自分自身の怠惰を呪った。


 俺が水を止めたからプールの底は濡れているだけだが、俺の大事なミュゼが、血まみれの姿で、セリアが座らせられていたあの椅子に拘束されているのだ。


 プールの底に落とされたその時に咄嗟に手と足を出してしまったのか、ミュゼの右足と右手首はおかしな方角に曲がっている。

 気を失っているのかがっくりと首を前に下げているが、ああ、やはり彼女の額だっていつものように赤くなって怪我をしているじゃないか。


 今日こそは擦り切れではなく、ああ、沢山の血が流れていた。

 プールの底に打ち付けられたその衝撃で、きっと、額の皮膚が裂けてしまったのに違いない。


 彼女のつるっとした大きな額は、俺のお気に入りだというのに!


 ああああ!


 鎖骨の辺りにあるあれは、いや、よく見れば、腕や足にあるひっかき傷は、落とされたものではなく人の手によるものだ。

 あの柔らかくて綺麗な肌に爪を立てた奴がいるというのか!


「ちくしょおおおおおおおおお!」


 俺は怒りのまま叫んでいた。

 全身の痛みなど知った事か!

 俺の身体を襲う痛みに魂を壊されたって構わない。

 この怒りのまま、俺のミュゼを傷つけ殺そうとした奴らに咎を、全員をこのままぶち殺してしまいたい。

 俺が怒りのまま呼び出した風は竜巻となって人々を巻き込んだ。

 ミュゼを痛めつけた人間達は紙屑のようにして舞い上がり、次々にプールを囲むフェンスにぶち当てられ、あるいは、ミュゼと同じようにしてプールの底へと落とされた。


「待って!これじゃあ人が死んでしまう!あなたが人殺しになってはだめ!」


 ミュゼの叫びは俺を一瞬で鎮めた。

 俺はプールに落ちた人間がコンクリートに打ち付けられる瞬間に空気のクッションを少しだけ作り、フェンスに貼り付けられた人間達をフェンスに擦り付けるようにしてプールサイドに落とした。

 死にはしないが、それなりの怪我は負わさせてもらう。


 人は催眠術にかかるかもしれないが、本当にやりたくないことは催眠術者に命令されてもしようとはしないものなのだ。

 ここにいる奴らの深層心理は、ミュゼ以外の人間に対してだって、集団心理という逃げ口上で簡単にいじめに加わるような性根の奴らばかりなのである。


 俺の一陣の風が去ったそこには、プールサイドのタイルにもプールの底にも累々と痛みに呻くものが転がっていた。


 さあ、ミュゼこそ戒めから救ってあげなければ。


 しかし俺はミュゼのいる場所に飛んでいけなかった。

 顔を上げているミュゼと目が合ったそこで、自分の姿を思い出したのだ。

 ピンク色のブタ人間。

 そして俺は臆病なまま、一歩後ろに下がっていた。


「ハルト!どうして!ハルト!」


「どうして……俺、だって……わかったん、だ?」


「あなたの目を見ればあなただってわかるわ。ああ、酷い目に遭ったのね。ああ、あなたもひどい目に遭ったのね!」


「ばかやろう!お前の方が酷い目じゃないか!」


 俺はミュゼのいる所へと飛び出していた。

 姿など関係ない。

 彼女に嫌われることを恐れるばかりに、俺が大事な彼女を助けられなくてどうするのだ、と。


 俺はプールの底に、ミュゼの前に降り立った。

 そして、ミュゼの戒めを真空のオーブを使って全て粉々にした。

 彼女は俺の方へ、前のめりにぐらりと崩れ落ちた。

 俺は倒れ掛かって来たミュゼに腕を差し出した。

 そこでハッとして腕を引きかけた。


 俺の腕は、ピンク色でとげも生えている、パンパンに膨らんだ化け物のものじゃないか。


 しかし、ミュゼは俺の胸に飛び込んできて、倒れかかって来てかな、いや、ミュゼは俺を、このトゲだらけの俺を彼女の両腕、殆ど左腕の力で抱きしめた。


「俺は一生この姿なのかもしれないよ。声だって変わってしまった。」


 俺の腕の中でミュゼがぐすりと泣いた。

 しばらく抱いて、それから彼女を病院に置いたら、俺は彼女の前から姿を消そう。

 この状態で一生を約束など、絶対にミュゼはイエスと言うだろうが、こんなのは脅迫みたいなものでしか無いだろう?

 いや、単なる同情だ。


「病院まで飛ぶよ。それまで君を抱いていていいかな。」


「ず~と抱いていていいし、病院に行く前にパーティ会場に行ってくれる?」


「そうだね。皆に君の怪我を知らせてから病院の方が良いね。」


 ミュゼの俺を抱く腕に力がさらに籠り、俺の胸に埋めていた顔をぐっと俺に彼女は向けた。


「あなたを連れて会場に行くの!」


「ミュゼ?」

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