獲物の観察は必要だぞえ
ハルトの偽物?
ニッケの言葉は頭に入ったが、その意味が理解できないと聞き返していた。
「え?」
「ハルトの偽物が格好つけて学校中の女の子達に声を掛けていたらしい。知った本人は頭を抱えておるぞ。」
私は頭の中で、金色の水着を着た真っ黒い髪をした美女を腕に抱き、私に冷たい視線とあざけりの表情を向けたハルトを思い出した。
それから、バスルームで真っ赤な顔をして、汚いものを見たという風にして、私に顔を歪めて見せたハルトを。
「偽物はエルヴァイラの方にいたスタイリッシュな方ね。ああ、反対だったら良かったのに。」
「お前も変な女子じゃのう。いや、もしや、ジュールズとラブラブするからハルトをエルヴァイラに押しつけてしまおうって腹だったか?」
「違う!ハルトに裸を見られたの!それで、私の裸が気持ち悪いって顔をされたの!ねえ!女の子だったら、それは、とっても傷つく出来事じゃない?」
「わお。」
ニッケは可愛らしい手で自分の可愛らしい口元を覆い隠し、だが、目元はキラキラとなんだか楽しそうに煌いている。
「み、見られたのか。ぜんぶ?」
「……シャワーを浴びていたんだもの。でも、どうして。ジュールズだって気を使って入って来ないのに、彼が!」
くすくぷぷ。
「まあ、それはハルトが馬鹿だからな。まあ、ハルトにはちゃんと躾もしてあるから大丈夫だ。スナイソギンチャク様による痛針の刑と海の中グルグル引き回しの刑だ。」
「まあ!ニッケったら。ハルトは大丈夫なの!」
「大丈夫だ。吐き気で昼飯も夕飯も食えなかったみたいだが、今は元気だから気にするな。それよりもな、おぬしはハルトをちゃんと観察していたのか?」
「観察?」
「我が母は言っておったわ。生き物の飼育は観察が一番大事だと。観察することでな、そのものに何が適しているのか知ることが出来るとな。」
生物?
観察!
「父は母の尻にしっかり敷かれておる。それは母による観察に基づいた的確な飼育法の成せる業じゃ。」
「ちょ、ちょっと、待って。お父さん、犬じゃない、よね。その言い方はちょっと可哀想じゃない?」
「犬に近いぞ。母に仕える一番の召使いだったからな。身分違いが、と逃げる男を追い立てて、ベッドに乗せ上げるまでが大変だったと、母は何度もわしに自慢するぞ。あの狩りは難儀だったが楽しかったと。」
「うわわわ。」
「でな、ミュゼはハルトの状態変化を顔以外も確認したのか、と聞いておる。」
「はひ?」
「父は言っておった。お前は母の様な意地悪をするなと。男には自分の意思が通らないくせに持ち主に激痛ばかりを与える器官があるとな。」
持ち主に激痛を与える器官がどこにくっついているモノか私はしっかりと理解でき、理解した事で、きゃあと乙女の悲鳴を上げながら両手で顔を覆った。
ニッケの言いたい事は、ハルトが顔を歪めたのは激痛を与える器官の仕業じゃないか、というハルトにとっても赤裸々すぎる事だったのだ。
「うわわわわ。恥ずかしい!」
「はは、通じたか。じゃあ、ダンパには出るな?ハルトがお前に会いたいと仮面舞踏会に変更させたぞ。面を着ければお前はミュゼであることを隠せる。お前にはこの町最後のダンパになるんだ。最後の思い出を作ったらどうだ?なあ?」
私は両手を顔から降ろせなかった。
ニッケの優しさに次から次へと涙が零れていたからだ。
「ああ!あなたがお友達になってくれて嬉しい!あなたがお友達でうれしい!」
「わしこそじゃ。わしはお主のお陰で毎日が楽しいぞ。なあ。」
私は急いで涙をせき止めた。
泣いてなんかいられない。
女の子達が友人同士でダンパにむけてする事を、私達はしなきゃなのだ。
これも初体験でよく分からないが、親友と一緒に絶対に初体験するべきだから。




