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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第九章 プリンスはモブの為に大忙し
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事後とピンクな生き物

 シロナガス亭にタクシーが到着するや、俺はダレンに財布を投げると一人勝手に車を飛び出した。

 そのままエントランスに入らずに、風を纏って建物の裏側?取りあえずプライベートビーチの方へと飛び上がった。

 部屋は全て海に窓を向けてるからして、ミュゼかヒヨコを見つければその部屋に突入しようと俺は考えたのだ。


「この馬鹿者!戻ってこい!警察を呼ばれたらどうする!」


 砂地に足を着いたばかりの俺は、ニッケの大声が左の耳元であったと驚いて左耳に手を当てた。

 むにょん。

 柔らかくて冷たくてねばつく感触に、素手でかたつむりを掴んで遊んだ小学生ごろの記憶が俺の頭の中で蘇った。

 左手に嫌な感触を感じたまま左手を下ろすと、そこには、体色が紫がかったピンク色で触角がオレンジ色っぽい赤色をしたナメクジがニョロっとしていた。

 透明な体に紫と白の小さな斑点もぽつぽつと浮かんでいる、異様な姿形のナメクジだ。


「なんだ、これは。」


「イチゴミルクウミウシ様だ!交信手段だ。頭に乗せて置け!なあ!」


「どこが苺ミルクだ。適当な名前付けやがって!」


「かわいいじゃろうがあああああ!パステルカラーな一番かわいい奴じゃぞおおおお!お主は目が悪い。ミュゼはアオミノウミウシ様を可愛い可愛いと可愛がってくれるというのに!お前とミュゼの関係はわしが認めん!なあ!」


 体の三分の一をにょっきり持ち上げて俺を叱りつける軟体動物はただただ気味が悪く、俺は女性の気持ちが分からないと思いながらウミウシを適当に頭にくっつけ直した。


「おい、ニッケ!ミュゼのことが分かるならどこの部屋だ。」


「お前には教えん。さっさと戻ってこい!」


 俺は頭に乗せたばかりのウミウシを頭から剥がして海に捨て、そのまま風を起こして全ての部屋の窓に風を滑り込ませた。


「あそこか。ヒヨコがいる。」


 風で人の気配を探れるとは思わなかったが、俺は自分の感覚を完全に信じて、自分が探り当てたそこにセンダンとミュゼがいると確信していた。

 砂地を蹴り、建物としては一階の一番奥まった場所となる部屋の前となるビーチ、そこに俺は降り立った。

 日中の浜辺にいるはずのない男がいれば目立つはずだ。

 センダンは部屋から弾丸みたいに飛び出してきて、暴発しそうなぐらいに顔を真っ赤にして俺の胸倉を掴んだ。


「何しに来た。」


「ミュゼを連れに来た。無理矢理は許さない。」


「はっ。王子様気取りか。あいつは俺に嫌だなんて一度も言った事は無いよ。それに、もう終わった。」


「終わった?」


 ジュールズは俺を突き飛ばすようにして俺から手を離し、その衝撃、いや、もう終わったという言葉に茫然自失で砂場に尻を埋めた俺を上から見下げた。


「あいつはシャワーを浴びているよ。」


「ふざけるな!」


 俺は立ち上がるやジュールズを押しのけて、そして、目の前にある彼の部屋へと飛び込んだ。

 大きなベッドは乱れてはいないようだとホッと息を吐いたが、バスルームから聞こえた水音に俺の心臓はびくりと止まった。


――あいつはシャワーを浴びているよ。


 俺はごくりと唾を飲み、足を一歩一歩と踏み出した。

 無理矢理か?

 泣いているのか?

 もしかして、……。


「ジュ、ジュールズ?な、何か、忘れ物かしら?」


 ミュゼの声は、傷ついてもいない、脅えてもいない、ただ単に人の気配に驚いただけのような声だった。

 何か忘れ物?

 今までそこにジュールズもいたのか?

 俺は脳みそがブチっと弾けていた。

 弾けついでにシャワーカーテンを乱暴に引き開けていた。


 灰色の髪の毛は濡れて銀色の輝きを帯びながら白い体に纏わりつき、白い肌をした何も着ていない体は、何も着ていないくせに張りがあってツンと尖って、きゅっと締まっていた。


 俺は彼女を守りに来たのに、彼女の身体に一瞬で欲情してしまっていた。


 自分の身体が反応する前に、ミュゼの身体ではなくミュゼの顔を見るのだと自分に言い聞かせた。

 ミュゼは泣いたような表情をしていて、その上、額を赤く擦り剥けさせていた。


 彼女はいつも額を擦りむく。

 俺のせいでエルヴァイラに酷い目に遭う度に、彼女はいつも額を赤く擦り剥けさせているのだ。

 見てはいられないと目線が下に行き、俺は彼女の両膝が真っ赤に擦り切れている事にも気が付いた。

 俺の頭の中で、彼女を四つん這いにさせて覆いかぶさる男の映像が浮かんだ。


 あいつめ!

 あの鬼畜が!

 俺はヒヨコをなぶり殺しにしてやろうと、バスルームを飛び出していた。


 しかし、センダンに殴りかかることどころか、俺は浜に立つ彼のもとに辿り着く事も出来なかった。


 飛び出して、砂に足を取られて、俺は大きく転んだのだ。


「うわあ!なんだこれは!うわ、痛い!」


 俺の足にはドピンクの触手が巻き付いていた。

 巻き付かれたところには、針で刺されたような激痛が走った。

 痛みに抵抗を忘れたその時、その触手は俺の背中が摩擦で熱を持つぐらいの勢いで、ざざざざざざと俺を海に引き込んだのである。


 俺はざぶんと海の中に沈められ、巨大で下品なピンク色をしたイソギンチャクの触手だったと理解した所で、俺は死ぬんだな、と覚悟を決めた。

 いや、このまま死んでしまいたい、とイソギンチャクに食べられる事にした。

 美しいミュゼを俺は抱くことはできない。

 それなのに、ミュゼが誰かのものになってしまったのだ。

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