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待ち合わせ

 学生寮の門限が厳しいことには驚いた。

 小説だと自由気ままに出たり入ったりしていたなあという印象だが、そういえば、事件が学校と寮敷地内でばかり起きていた、とも思い出した。


 なぜだろう。

 あ、学園ものだ。


「待たせてごめん!」


 待ち合わせ場所、四時間に一本しか来ないバス停のベンチに座っていた私は、明るくて子供っぽい声に顔を上げた。

 暑い中走って来たのかハルトは汗だくで、その上ニコニコと子供みたいな笑顔をしていて、小説の中の大人びた少年というイメージが全くなかった。

 それを残念に思うどころか、ええと、前世で男の子と待ち合わせなんか一度も無かった私には、新鮮というか、これこそ学生時代にしか出来ない経験だよね、と感動してしまっていた。


 きっと、ハルトが小説のままの斜に構えての登場だったら、小説通りだと嬉しいかもしれないが、こんな甘酸っぱい感激は無かった事だろう。

 私は胸がいっぱいなまま、過去に一度も、誰にも言えなかったけど一度ぐらいは言いたかった台詞を言った。


「ううん!今来た所!」


「うそつけ!顔が真っ赤になっているよ!ほら、ほっぺもこんなに熱い……冷たいか。」


 ハルトは私のほっぺを当たり前のように突き、そこで自分のしたことに真っ赤になり、自分の指を引っ込めるともごもごと謝った。


「勝手に触って、ごめん。」


 私はベンチに座っていて、彼は私の正面に立っているが、真っ赤になって目を伏せている彼がとっても小さくなって見下ろしているような錯覚だ!

 うわあ、何かを言ってあげなきゃ。

 ええと!


「えと、ええと、ああ、ここは屋根があるから待ち合わせに最適よね!熱射病対策に自動送風魔法装置もあるし!」


 彼はぶっと吹き出した。


「やっぱり待っていたんだ?」


「あ!」


 私達は顔を見合わせてひと笑いすると、どちらともなく手を差し出し合って、うわあ、ハルトに立たせてもらえるなんて、で、私達はパッと手を離すと、ええと、照れながらだけど当り前のようにして連れ立って歩いていた。

 ええと、私達は海の岬とうか、立ち入り禁止の崖の上に行くのよね。

 化け物退治に。


「あっつい。適当にどこか入らない?冷たいソーダが飲みたい。」


「あ、私も。化け物について私も調べて来た事の話をしたいし。」


「……覚えていたんだ。」


 暗い声を出したハルトは足を止め、私は知らずに一歩踏み出したので、真横に並んでいた彼が私の一歩後ろになった。


「え、ああ。うん。海を見渡せる崖の先っちょに出たところで、地縛霊みたいな黒い影がいたのを覚えている。あそこって自殺の名所っぽいのよね。過去に死んだ人達が仲間を求めて凝り固まってもいるのかしらね。」


 何だろうと私も足を止めて彼を振り返ったら、最初は暗い眼つきとなっていた彼なのに、今度は眉根に皺を寄せてゴミ屑を見るような目で私を見返して来た。


「どうしたの?」


「何?それ。地縛霊って、何?」


 そういえば、この魔法世界に心霊設定は存在していなかったな。


「ええと、私が勝手に考えている事。ほら、人間には魂があるでしょう。それで、志半ばで死んじゃった人は魂だけでこの世をうろうろしているかなって。」


 前世では当たり前の概念なんだけど、ね。

 ハルトは口元に手を当てて考え込み、どうした?と思う間もなく、彼は私の肩を抱いて適当なカフェに私を連れ込んだ。


 私がこの世界を意外と気に入っているのは、魔法など使えない一般人の生活空間となる街並みや生活様式が、前世の私の両親が若かりし時代、昭和の八十年代初期ぐらいの雰囲気だからである。

 デパートにはおしゃれをして行き、デパートの屋上には遊園地みたいなものがあって、おしゃれなコーヒー専門店はないが喫茶店や洋食屋といった雰囲気のパーラーはそこかしこにあるって言う、レトロなテーマパーク世界だ。


 ハルトが適当に入ったそこは、四人が座れるテーブル席が三つにカウンター席しかない小さな店だったが、カウンターには店主が焼いたホールケーキが三種類ほどガラスの蓋を被せられて並べられていた。

 チョコケーキにチェリーパイにバナナパイだ。


「あ、チェリーパイがおいしそう。」


「朝ご飯を食べていないの?」


「ケーキはいつだって食べられるものよ。ケーキにはソーダ水じゃなくコーヒーかな。ああ、喉が渇いた。」


 ぶふっと吹き出したハルトは当り前のようにチェリーパイとコーヒーのセットを頼み、私の目の前にだけそのケーキセットが置かれた。


「ハルトはケーキはいらないの?」


「俺は朝ご飯はしっかり食べてきましたしね、ケーキはいつでも食べられる人じゃないから。あ、この貝のパスタが食べたい!頼んじゃっていい?時間がかかりそうだけど。」


「うわあ、育ち盛りですものね!よろしくてよ!」


 彼はハハっと嬉しそうに笑い、私は化け物退治のはずがデートになっていないかと、棚から牡丹餅のような気持ちになっていた。

 有頂天だ。

 そして、モブがモブでしか無いのは、幸運が主人公達のように長く長く続かないっていう凡夫な人生しかないからかもしれない。


「こんにちは!ええと、あなたが、この間海で溺れかけたライトさんよね。あたしはエルヴァイラ・ローゼンバーク。少しあなたにお話を聞きたくて、いいかな?」

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