俺達は話し合おう?
「え?」
私はジュールズの怒鳴り声に吃驚するだけだった。
いや、彼が叫んだ内容にこそ戸惑うばかりだった。
戸惑った私がジュールズの癇にさらに障ったのか、彼は増々いきり立った。
「あいつに会えるのがそんなに嬉しいか!あいつのせいでミュゼはこんな目にばかり遭っている癖に!」
ジュールズが投げつけた台詞に、私はハルトの名前だけでにやけてしまった事に気が付き、取りあえず自分の頬を軽く叩いて真面目顔を作ると、違うとジュールズに言い返した。
「ハルトはエルヴァイラと一緒だったわ!」
「あいつは俺達を嫌らしく覗いていたよ!」
「え?」
「土手になった高台からお前のビキニを眺めていたって言ってるんだ!」
「え、ええ?」
ほんの数分前まで、ハルトはエルヴァイラとイチャイチャしていた、よね?
でも、ジュールズは凄い視力を持っているのだし?
混乱したがために言い返せない私と違い、ジュールズの行動は早かった。
私は彼に肩を抱かれ?とても乱暴な感じで引き立たせられていた。
私に初めて乱暴な振る舞いを見せたジュールズは、いつもだったら必ず顔に出すだろう表情、私に対して申し訳ないという顔など一つも見せていなかった。
殴られそうだと私が息を飲んでしまうぐらいに、彼は頬を紅潮させての怒り顔を見せているのだ。
「ジュールズ。」
「お前は俺の婚約者、だろ?」
「ジュールズ。」
私はジュールズに引きずられるようにしてプール場から連れ出され、彼の車に投げ込まれるようにして乗せ上げられた。
「ちょっと乱暴だわ。」
「ミュゼの方が乱暴だよ。思いやりってものが無い!」
「そんな!」
車は発進し、私の見慣れた道を走り出した。
海に向かってはいるが、その先にはニッケが待っていない、親族が経営している観光客向けのホテルがある方向だ。
「ジョゼ伯父さんが人手が欲しいって言っているの?」
「……ちゃんと話し合いたいだけだよ。」
「わざわざホテルで?」
ジュールズは乱暴にハンドルを叩いた。
「君は自分の格好に無頓着だけどね、その格好で家に帰せるわけ無いだろう!鼻の頭と額は擦りむけて赤くなっているし、髪の毛は腐った卵が固まったせいで緑色に強張っている。ああ!膝だってコンクリートに打ち付けて擦ったんだろう?血が滲んで赤くなっているじゃないか!」
私は自分を見下ろして、確かに膝は赤くなっているしチクチクするなと認めたが、それでもやっぱり運転席のジュールズを眇め見た。
「じゃあ、病院に行って。」
「ジョゼ叔父さんのホテルだ。俺はジョゼ叔父さんのエビ料理が喰いたい。」
私にはジョゼ伯父さんな母の兄のジョゼは、ジュールズの父でありセンダン家長男のジョーダンに一番可愛がられている弟であるため、兄の恩に報いるためかジュールズにはとっても甘々だ。
ホテルの一室をジュールズに貸し与えているとの噂もある。
その噂に対し、センダン一族の女達は否定するどころか、くすくすと嫌らしく笑いながら全員が全員、同じことを口にするのだ。
――ジュールズだっていけないことを覚えるお年頃、よ?
いけないことをする部屋に、私を連れていくの?
「エビ料理だけ?」
「俺のいけない噂を知っていた?それを体験したいならそれもオプションに含めるけれど?」
「いらないし!何よ、その言い方は!とにかく車を元に戻してよ!ニッケの所に私は行きたいの!」
「俺はエビが食べたい。トマト味に煮込んだ奴。真っ白なクリーム風味になった奴。パリパリに皮ごと揚げた奴。生に塩とレモンだけで食うのも旨そうだ。いや、アボガドだ!アボガドで和えたサラダだ!」
じゅる。
「ほ~ら。お前も欲しくなっただろうが。」
「いや、これはちがくて!」
「ミュゼ。ホテルに行け。わしもそこに行く。エビが食べたい。」
私は頭の上のウミウシ様を手に取ると、ウミウシを手の平に入れた形で口元を両手で覆った。
そして、ジュールズには聞き取れないだろうけど、彼が絶対に気味が悪い思いをするだろうぐらいの音量でニッケにもそもそと囁きかけた。
「追いかけて来てちょうだい。スーハーバーホテルじゃなくて、シロナガス亭と言ってね。住所なんて言わなくても大丈夫。タクシー代もジュールズに付けちゃって大丈夫よ!彼は町一番のお金持ちの息子だもの!」
ニッケの声で笑うウミウシは、悪戯そうに呟いた。
「しょっぱいダレンからジュールズに鞍替えしようかな。」
「ニッケと親戚になれて私も嬉しいし、ニッケだったらジュールズが幸せになれそうだから、それはすっごく素敵な提案だわ。」
「ば、ばかもの!わしは初志貫徹だから、す、すまないが、な!なあ。」
ニッケがゆでタコみたいに真っ赤になったのは簡単に想像できた。
だけど、車がきゅっとタイヤを軋ませて急に止まり、私の頭をジュールズに無理矢理に引き寄せられるなんて想定外だ。
私の前世でも今世でもファーストでしかない唇は、ジュールズの唇で塞がれていた。
前世では三十代の後半だった私なのに、どうして、十代の青年に対して上手にあしらう事が出来ないのであろう。
私はジュールズを傷つけることしか出来なかった。
彼を思いっきり突き飛ばして、ハルト、と叫んでいたのだ。