私を助けてくれたのは?
博愛主義?公平な正義の実践?を標榜するエルヴァイラは、化け物に対するのと同じぐらいな攻撃を一般人でモブな私に仕掛けて来た。
セリアの巨体を私に投げつけてきたのである。
「ひゃあ!」
叫び声も気が抜けた物になってしまったが、腰が抜けてしまったのだから仕方がないであろう。
いや、仕方がなくない!
このままじゃ私は死んじゃうって!
臆病な一般人が迫りくる悲劇から逃げるために出来ることは、ぎゅっと両目を閉じる事だけだった。
ああ、死んだ。
……いえ、死んでいないけど、なんだか宙に浮いている?
あ、再び私は下に降ろされた?
ぎゅっと固く閉じていた瞼を開けて見れば、私の世界は白く濁ったすりガラスのような風景となっていた。
え、セリアの体の中にめり込んじゃった?の?
それはそれでくるものがあるなと脅えたが、私が囚われている空間はなんだか安心感があって清涼なものに感じた。
私を包む半透明な厚い膜は、強い日差しの外に比べればひんやりともしていて、転寝するのは丁度良い弾力もある最適な寝袋状態でもある。
いえいえ、寝ちゃいけないわ。
うつらうつらと閉じかけた瞼を思いっきり力を込めて開けると、私を覆っていたすりガラスのようなシールドが、私の瞼の動きに連動して卵の殻がぱかっと割れるようにして、真っ二つにして裂けたのである。
触手のひらひらが上手に合わさって私を覆い隠していたのだろうが、触手の先を伸ばしていない青いヒレは、形がなんだかヤグルマギクの花びらのようで、とても美しいと眺めてしまった。
「ミュゼ!大丈夫だったか!」
抱きしめられて、私を抱き締めた人を見れば、ヒヨコ頭のジュールズだ。
何が起きたのかと改めて見回せば、あら、私が落ちて腰を抜かせていた場所は大きな重量のものが打ち付けられたかのように大破している。
わあ、命拾いしたのね、私ったら!
ニッケは私を繭にして守ってくれて、繭になった私を抱きあげて安全地帯へと移動してくれたのは、ジュールズだったのだろう。
ハルトはエルヴァイラと一緒だったじゃないの。
何でもかんでも、どうして私はハルトに結び付けようとするのだろう。
「うん。大丈夫。ありがとう。ジュールズ。あなたには怪我はなかった?」
「皮肉か?ああ。俺は安全だったし、お前が転がるのを見守るだけだったよ。」
それはどこの話だとジュールズにつかみかかりそうだった。
浜辺で倒れた時の話?
それとも、このプールサイドでの、ほんの数分ぐらいの前の話?
繭になった私を抱き上げてセリアの体に潰される事から助けてくれたのは、あなたの仕業じゃ無かったという事なの?
ハルトが助けてくれた?
胸に一瞬で芽生えた希望とか幸福感によって、私には悔しそうにしているジュールズを慰めるという気持ちの余裕まで生まれていた。
「え、ええと、お互いに何もないのが一番よ。で、変な答えでごめんなさいね。ええと、ちょっと怒涛に色々あったから、なんだか混乱している、みたい。うん。あの白い化け物の正体もわかったし。」
「そうなのか?」
化け物の正体が分かったことについては、ジュールズがもう少し喜ぶと思ったのだが、彼は訝しそうにするだけだった。
「まあ、正体が分かったのはいい事なのかな。また襲われる事になっても。」
「ああ、そうね。次は襲われても大丈夫、かも。いいえ。あの化け物、ええと、セリアって名前の元魔法特待生だった子らしいの。それで、その可哀想なセリアがここにいないのは、本当のターゲットを追いかけて行ったはずだから、多分、大丈夫な、はず。」
「ターゲット?」
「ええと。」
ジュールズに答えようとしたところで、私の頭からポトンと小さな何かが落ちてきて、私はその落ちて来たものを両手で受け止めた。
それはヤグルマギクの花びらを四つ組み合わせてで出来た様な、白と青の小さな生物だった。
「まあ、私を助けてくれたあなたは本当はこんなに小さかったのね。でも、とってもきれいなのね、あなたは。」
「ふはは。褒めてくれてウミウシ様も喜んでおるぞ。こやつはアオミノウミウシが正式名称じゃ。ミュゼ。化け物の話はわしたちがいる時でいいか?ジュールズにもう一度海辺に戻って来るように言ってくれ。」
「ニッケ?」
私は今の話が全部聞こえただろうとジュールズを見上げた。
「どうした?誰と話していた?で、綺麗だ何だと言っていたが、その手の平には何があるんだ?何もいないだろ?」
「ああ、見えても聞こえてもいなかった?」
私は大事なウミウシ様がどこかに落ちないように再び自分の頭に乗せると、ニッケが言った通りにジュールズに海辺へと戻るようにお願いした。
しかし、私を助けに来た男は、これ以上は私を助けてはくれないようだ。
「どうして?今日はもう帰ろう。いや、頭に変なものをぶつけられたじゃないか。頭は大事な所だ、病院に行こう。変なものが見えるならば尚更だ。」
「そ、そうだけど。だ、大丈夫だから。ええと、お話していたのはニッケよ。彼女は魔法使いで私達はお友達だから。でね、ニッケが戻って来いって。だから海に戻りましょう?」
「あそこにロランがいるからか!」
ジュールズが言い返した声は完全に怒声で、私はこの間まで他人行儀で優しかったはずの従兄にひょえっと脅えさせられていた。




