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抱きしめたいけれど手の届かない君

「お前にハルトを渡すかあああ!」


 俺は今死んでもいいと思った。

 だが、今は絶対に死ねないだろう。

 なんだあれ?

 何で俺がエルヴァイラの横に立っているんだ?


 今の俺の姿は、上はところどころ白抜きになっている藍色のTシャツで、下はベージュ色のバミューダパンツだ。

 対する俺の偽物は、今の俺の格好にケンカを売るような格好、つまり、白の綿シャツに黒のサテンパンツという高級飲食店の黒服みたいな姿だ!

 そんな格好でそれも恋人のようにして、エルヴァイラの隣にいるのだ!

 エルヴァイラが金色のワンピース水着なことこそ不思議だがな!


 俺は出て行って偽俺の化けの皮を剥いでやりたい気持ちだったが、こっちが本当の俺だと言っても確実に違うと言い返されるだろう、と我慢した。

 そして、顔だけ俺の振りをしたその男は、エルヴァイラがサイコキネシスにて宙に浮かべたセリアに対して切り込んでいった。


 その行動を止めるべきか?

 既に四人も殺している化け物だぞ?


 俺は判断が出来るどころか、体が一切動かなかった。

 俺でない俺が、化け物になってしまった哀れな生き物に対して炎を纏った剣を振り上げるのを、俺は息を殺して見守るしか出来なかったのである。


 それは、俺がセリアを殺せはしない、その確信があるからだ。


 今後のミュゼの安全を考えれば、セリアを滅ぼすしかないのだが、俺は俺の自己満足で彼女を追い詰めて殺したのだという罪悪感で重いのだ。

 偽物の俺がセリアの胴体に剣を差し込むその一瞬、まるで自分自身が殺人を犯しているようだと、両目を瞑ってしまっていた。


「ニッケ!プールサイドに上がって!エルヴァイラに水をぶっかけてやる!」


 俺は目を開けた。

 ミュゼによって、俺に贖罪を求めていた世界は終わり、その代わりの様にして俺の目の前ではギャグリールが展開していたのだ。

 エルヴァイラはミュゼによって飛び込み台から撥ね飛ばされ、彼女のサイコキネシスで持ち上がっていたセリアはプールにザボンと落ちた。

 ミュゼはその衝撃波でプールから飛び立たせられ、そして、ああ、いけない!このままでは大怪我をしてしまう!


 俺の咄嗟の魔法でミュゼの可愛い頭や体が硬いタイルによって壊される事は無かったが、俺の気の使い方が中途半端だったせいで、彼女が落ちた音はぴしゃんととても痛そうなものだった。

 あれだ。

 腹ばいのままの姿で、プールの水に真っ直ぐに落ちた時の音と痛さだ。


「ごめん。ミュゼ。」


 俺は他に集中しなければいけないモノばかりなんだ。

 ミュゼが落ちたプールサイドの反対側に偽俺とエルヴァイラが着地し、それはもう憎々し気な眼でミュゼを睨んでいる。

 さらに、セリアという化け物がミュゼを襲わないように俺は、……!なんと、セリアがミュゼの盾になるようにして水面から上半身を出しているじゃないか。


「大丈夫か?エル。」


「ええ、大丈夫。もう一回ぐらい化け物を持ち上げられるわ。」


「えーるー。そこにいたのねー。さあ、手紙をどこにやったのか言え。この泥棒が!ああ、泥棒の腐った卵。さあ、返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ。」


 セリアは両腕を突き出して、ざざざざざと水を掻きわけてエルヴァイラの方へと進んだ。

 しかし、エルヴァイラのサイコキネシスの方が強かったようである。

 エルヴァイラは呪術者のように両腕を天に掲げた。

 すると、ざばんと大きな水音を立ててセリアは宙に浮きだした。


「さすがだ。エル。」


 偽俺はエルヴァイラの頬に軽く口づけた。

 それから彼女の耳元に毒を囁き始めたのだ。


「化け物の戯言は聞き流せ。いや、そこの女が術者だろう。おかしな召喚魔獣も操っていた。あれこそ、この町の魔女に違いない。」


「ええ!分かっている!セリアを大怪我させたのはあの女の仕業だったのだわ!そうよ!泳ぎの得意なセリアがこのプールで溺れたのは、この化け物が水の中に引き込んだからよ!そうよ!」


 エルヴァイラはニヤリと悪辣な笑みを見せた。

 俺は隠れ場所から飛び出していた。

 エルヴァイラはセリアをミュゼに投げつけたのだ。

 化け物となって質量があるあれがミュゼに当たったら! 


 しかし、俺が抱きしめたのは、白地に青いラインが入っているという美しいが巨大なウミウシ様でしかなく、俺が守るべきミュゼはウミウシ様が体を張って守って下さっていた。

 繭の様になったウミウシの中にミュゼが取り込まれているのだ。


 つまり俺はミュゼ入りの巨大ピーナッツ型になったウミウシ様を抱いている、そんな間抜けな姿である。

 けれど、間抜けだろうがどうだろうが、敵は本気でミュゼを殺すつもりだった。

 ミュゼがいたそこにセリアだけが叩きつけられていたが、その衝撃でタイルが剥がれ飛んだだけでなく、下地のコンクリートにまでヒビが入っていた。


「エールーヴァイラ!」


 俺の怒号にエルヴァイラは見るからに脅えたが、偽俺の方が状況の変化に対して素早かった。


「エル!ひとまず引くぞ!鏡面幻術を使う敵は厄介だ!」


 鏡面幻術?

 そんなもん魔法一年生の俺に使えるか!

 と、言い返す間もなく、男はエルヴァイラを抱き上げるや、タイルを蹴ってポーンと上空を飛び去ってしまった。


「畜生!」


 俺は歯噛みをすると、ミュゼ入りピーナッツ型ウミウシを下に下ろした。

 セリアという化け物がいる限り、ここにミュゼを一人にしては置けない。

 ニッケの素晴らしき守護があったとしても!

 だが、俺はここにいる必要のない男となっていた。

 センダンの車のエンジン音がプール場のすぐわきで聞こえ、そして、プールサイドの一角を破壊したはずのセリアの姿が完全に消えているのだ。


 これでは俺は自分のやるべきことをするしかないではないか。

 偽俺によって唆されているエルヴァイラと、その偽俺を捕まえなければと、俺は後ろ髪を引かれる思いをしながらタイルを蹴って飛び上がっていた。

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