化け物の化け物となった由来
私は再びプールの底にいた。
二度目ならば覚悟はできている。
あの日のようにパニックになって騒ぐどころか、引き込まれる寸前には大きく息を吸い、化け物に沈められる事に備えた。
だけど、どうして毎回学校のプールなのだろう。
それも、どうして、飛び込みプール?
私をプールの底に引き込んだ化け物は、私が脅えるどころか抗いもしないことを不思議に思ったのか、いや、これこそが目的だったみたいで、私に彼女の知りたい事をぶつけて来た。
「手紙はどこにやった?彼の手紙を盗んでどこにやったの、エル。」
エル?
彼の、手紙?
私は目の前の化け物、水死によって膨らんだ体や真っ白く色が抜けた髪の毛など、きっと生前の面影が無いのだろうが、彼女こそエルヴァイラの親友だったセリア・フォグなのだと思い当たった。
――恋人からの手紙を盗んだ人がいるせいで、セリアは恋人を失ったと実家に帰って、そして、死んじゃうことになったのよ!
私は許さない。
自分の小さな欲望で、人を傷つける人は許さない!
うそ。
エルヴァイラが盗んでいたの?
ああ、そうだ。
ことあるごとにエルヴァイラに届けられる手紙、もしかして、それが、セリアが受け取るべきものだった?
「さあ、言うんだ!私の手紙をどこにやった!お前が盗んだ手紙をどこにやった!さあ、言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え。」
「水の中じゃあ、人間はしゃべれないな。」
ニッケの声が私の後頭部から聞こえた。
そして、私の首の後ろから先が青い白い触手がにょきっと生えた。
その触手は私をセリアから守るように包み、次に腰の後ろから出て来た同じような外見の触手がセリアを捉え、セリアを私からべりっという風に剥ぎ取った。
「ええ!」
声を出せるのも当たり前だ。
私は触手によって持ち上げられ、水面から顔を出していたのだ。
この触手は私を抱いたままプールから出たかったようでもあるが、やっぱりセリアが私達にしがみ付いていて、私達はそこから一ミリも動けない状態になってしまった。
「アーサーの手紙、私の手紙を返して。謝るから、あなたを虐めた事は謝るから!だけど、夢を諦めた私達に、特待生になれて幸せだなんて言うからいけないのよ!そんな事ばかり言うから、腐った卵と笑われるのよ。ああ、臭い。お前は臭いよ。ああ、畜生。殺してやる。私を殺したこのプールで殺してやる!」
「ちょっと待って!セリア!あなたはここで死んだの?実家で死んでいたんじゃないの!」
「うおお。新事実が次々だな。だが分かったよ。腐った卵を被るとセリアが出てくる関係が。それで、引き込まれるのがここだってことも。なあ!」
「ニッケ!」
触手は再び私をぎゅうと抱きしめた。
私は親友となってくれたニッケに守られようと、ニッケが作り出してくれた触手から剥がれないようにと、触手にしっかりとしがみ付いた。
しかしながら、セリアが、私達に更なる攻撃をして来なかった。
お前は誰だと叫んだのだ。
え?
問い返そうとしたところで、私達を捕まえていたセリアが消えた。
いや、持ち上がったのか?
ざばんと水音を立てて、大きな白いものが水面から飛び上がったのである。
いや、飛び立たせられたのだ。
私はセリアが持ち上げられた宙を見上げ、三メートル上の飛び込み台に、この悪夢を作り出した張本人らしき女が立っていた。
その水着は誰のもの?
そんな皮肉が出てきそうだった。
エルヴァイラが盗んだ本人なのかわからないが、彼女が盗品を身に着け所持している、という事は紛れもない事実のようなのだから。
「エルヴァイラ!セリアに手紙を!手紙を返してあげて!」
「黙って!そんなものは持っていないし、あたしは誰からも何も盗んでいないわ。ミュゼ、泥棒のあなたとは違うの。虚言癖も死ぬような思いをすれば治ると思ったけれど、それは無理だったみたいね。」
エルヴァイラは両腕をゆっくりと上げた。
セリアはどんどんと空に上がって行く。
どうするつもり?
エルヴァイラは何をするつもり?
「さあ!化け物退治よ!あたしが抑えておく。さあ!止めを刺して!」
誰に叫んでいるの?
私は周囲を慌てて見回した。
ニッケの魔法を私は纏っているようだが、ここには私一人で、エルヴァイラの味方に囲まれてしまえば逃れる術はないのだ。
しかし、私は忘れていた。
いや、今ようやく思い出していた。
この化け物退治は、四冊目のプロローグじゃないか、と。
飛び込み台の人影は二人に増えている。
エルヴァイラの後ろから現れたのは、背が高いが少々ひょろりとした肢体の少年らしさを残した人物で、焦げ茶色の頭髪のメッシュ部分は太陽の光を浴びてキラキラと金色に輝いている。
「ハルト?」
「はるとが?」
ニッケの聞き返しに答える前に、ハルトが小説通りに化け物退治専用の剣、香木を削って木刀に仕込んだそれにダレンの炎を纏わせたものを振りかざし、大きな勢いをつけてセリアへ向かって飛び上がった。




