怒れるだけの男
俺は空を飛んでいた。
ミュゼのいる場所にではない。
俺の大事なミュゼに攻撃を仕掛けた奴の元へ、だ。
やっせぽちのメガネの男と、同じぐらいの背丈だが、その三倍は厚みがありそうな男という二人組だ。
そう!
俺の大事なミュゼに蹴りを入れた男達でもある。
あの日はヒヨコに報復を任せてしまったが、今日こそは俺がやってやる!
あいつらが投げた何かがミュゼに当たるや、ミュゼは白い化け物、セリアのなれの果てにどこぞへと引き込まれてしまったのだ。
「お前ら!ミュゼをどこにやった!」
俺は叫びながら拳は痩せ男に、つま先はデブ男の腹へとめり込ませていた。
奴らと俺が同じクラスで、同じ魔法特待生である事が許せない。
ガイルは俺に殴られて、歯の破片と血反吐を吐いた。
その後は、あの日蹴られたミュゼは泣かなかったのに、奴は幼い子供の様にして背中を丸めて泣き出したじゃないか。
ゴルシェは腹にあっただろう全てを吐きだして、自分が吐いたその中に転がった。
やり過ぎか?
そんな事は無い。
ミュゼだって投擲された何かを受けて、その衝撃のまま砂場に横たわったのだ。
絶対に、ぜったいに、彼女の方こそ痛かったに違いない!
「糞ガイルに豚ゴルシェが!ミュゼの居場所を言うんだ!さっさとしないと、お前らを細切れにするぞ!」
俺の意志のもとに俺の周囲には、真空のオーブが輝きながら七つほど形作った。
オーブにして輝かせたのは、真空という体を切り裂けるものがそこにあるという脅しでもあるが、意図した以上に眩いのは、俺の怒りがメラメラと地獄の底の炎よりも燃えているからかもしれない。
俺はミュゼを直接傷つけた男、ゴルシェの顎を蹴りこんだ。
そして、ミュゼにものを投げつける、という許されざることをした右手首を踏みつけた。
「ぎゃああ。」
「まずは、右腕を貰おうか。」
金色のオーブがボールのようにゴルシェの右腕に落ち、ゴルシェの前腕部の一番太い所がスパっと横に大きく切れた。
「ひゃあ!」
切れたのは皮膚一枚だった。
圧縮されて作られた水球が、すんでのところで俺の真空を粉々に砕いたのだ。
「ダレン!邪魔をするな!」
「頭を冷やせ!人殺しになる気か!」
「ミュゼが死んだら殺してやる!」
「だったら早く助けに行くんだな。」
俺はダレンじゃない声に、初めて俺のところに駆け付けたダレンに振り返り、ダレンが背中にニッケを乗せて俺のところに駆け付けたという姿を目にする事となった。
いや、単に背中じゃない。
ニッケはダレンの背中に両足を突き立てるようにして立っており、彼女の両手はダレンの肩のそれぞれを掴んでいるという、サーカス団みたいな乗り方なのだ。
よくそんな格好でダレンは走れたし、ニッケは落ちなかったなと、俺は間抜けにも凄いなと感心してしまい、そのせいか、俺の口からガイルとゴルシェに対する一先ずの殺意は吐きだされた。
だが、冷静になる気もないし、彼らへのこの怒りを一生消す気もない。
ミュゼがどこにもいないのだ!
「ミュゼをどこに捜しに行けばいいんだ!」
紫色の大きな瞳をした女は、学校、と俺に言い放った。
「学校?」
「ああ。ミュゼにわしのウミウシ君をつけておいた。塩素臭い真水は嫌だと騒いでおる。さっさと助けに行け。お前の恋敵はとっくにミュゼの救出に向かったぞ。」
「さっさと言えよ!」
俺は地面を蹴りつけ、天高く舞い上がった。
ああ、次はどこを足がかりにして飛ぶか。
適当な電柱の天辺を目指してそこに降り、再び蹴りこんで目的の方向へと再び飛び上がった。
「畜生!ヒヨコめ!」
学校へと続く道、そこをセンダンの真黒な高級車が、弾丸のようにしてはるか先を走っている。
「俺が助けるんだ!」
進む速度を上げるために、自分に巻きつける風圧を高めた。
息が、苦しい。
だが、ミュゼはきっと水の中だ!
俺は出来る限り息を吸い込むと、さらにさらに俺を運ぶ風の速度を増した。
死んだって助ける。
そうだ、俺が助ける。
それだけだ。
それしか俺には無いんだ!




