見つめて痛い女と見惚れていたい女
俺に振り向いた奴は、自分のコソ泥みたいな行為中にもかかわらず、学校の廊下で偶然出会えて嬉しい、という風に頬に赤味まで差してニコッと笑った。
「まあ!やっぱりロランは来て下さったのね!あなたはあたしのする事を、ちゃんと何でも見てくださっていたのね。そうね、自殺しようとしたミュゼさんがどうして自殺しようとしたか考えたら、その悪を正し、傷ついた彼女のケアをしてあげようと思いますわよね!ああ、流石です!ああ、あなたの気持ちを疑っていてごめんなさい。あなたこそあたしの行動が不可思議だったのですものね。これよ!」
エルヴァイラは俺達に何枚もの写真を見せつけた。
俺は驚きながらその数枚を見直すと、さらに他にある写真束をも漁っていた。
何十枚とある写真に、一枚としてミュゼは映っていなかったとホッとはしたが、その写真の中の女性達に関して数人は自分の知っている人間だったと、俺は吐き気のようなものに襲われていた。
これが公になれば、プールの底に沈んだあの男にお悔やみを言うどころか、きっと奴の墓場の墓石さえも蹴り倒される事だろう。
そんな写真ばかりだったのだ。
「あいつがこういう奴なのはわかったが、お前はこれから何をするつもりだ?」
俺はエルヴァイラに尋ねながら、胃の腑がひんやりと冷えていくようだった。
こいつは、ミュゼの自殺原因を探っていた、と言わなかったか?
自殺原因が見つかったから、ミュゼにあの化け物を放ったのか?と。
エルヴァイラは俺を嬉しそうに見上げた。
しかしその瞳は、ミュゼが俺を嬉しそうに見上げるそれではなく、夢見がちで空虚なガラス玉の様にしか見えない輝きしかなかった。
いや、彼女の答えでそう思い込んだのだろう。
「モイラにこの写真を返してあげるの。返してあげたら、彼女は自首するって言っていたもの。ふふ。罪を憎んで人を憎まず、だわ!他の写真はこのままよ。警察が真実を確認できなければ、モイラの正当防衛が成り立たなくなっちゃう!」
「いや、だけど、他の人達だって。見られたくは……。」
「ふふ。モイラみたいに悩んでいなかったのなら平気でしょう。大丈夫よ!」
エルヴァイラは俺の頬に軽くキスをすると、急がなければ、と言ってナイマンの部屋を飛び出して行った。
俺とダレンは顔を見合わせて、同じようにして首を横に振っていた。
エルヴァイラが全く理解できないのだ。
いや、俺達は脅えてしまっていたのか?
人殺しになってしまったモイラ。
彼女はセリアの腰ぎんちゃくだった、エルヴァイラを虐めていた女子の一人じゃ無かっただろうかと、俺はエルヴァイラが消えた戸口を眺めていた。
写真に写る後の三名だって、お前を虐めていた女達だったよな、と。
「女は怖いな。」
ダレンは俺の脇でボソッと呟いた。
「俺はお前が言っていた宇宙人みたいな水着が見たかったのに!」
俺の視界はナイマンの部屋の戸口ではなく、浜辺でニッケと変な体操をしているミュゼの姿へと移っていた。
俺が過去を思い出していたのは、そうしないと俺の身体が勝手に動いてミュゼの前に出てしまいそうだったからだ。
今日のミュゼは水色のビキニを着ていた。
どうして、ビキニ。
俺は見守るという仕事が出来なくなりそうだと、一瞬で頭を冷やしてくれる存在のヒヨコに視線を映した。
膝ぐらいまである水着は遠目からでも絶対に見失わない程に派手な柄で、ヒヨコを夜店のカラーヒヨコみたいにしていた。
そいつは遠くからでもわかるぐらいに鼻の下を伸ばし、ミュゼの両腕を掴んで彼女を後ろに反り返した。
「体が固いな。俺が伸ばしてあげようか?」
そんな戯言を言って、反り返ったミュゼの胸、きっとビキニから零れそうになっている胸の山をガン見しているに違いない。
「あのヒヨコ。嫌らしい奴め!」
「いや、多分、お前こそ妄想魔人だと思うよ。エロ妄想は夜に持ち越せ。」
俺の背中はダレンに強めに叩かれた。
そして、俺を叩いた男は俺に軽く手をあげた。
「そろそろ俺もミュゼちゃん達の所にいくわ。」
「ああ。セリアが出現したら俺が攻撃に出る。ミュゼ達を頼んだよ。」
「いや~怖いね~。俺こそ守って!」
俺はダレンの姿を見送らず、再び浜辺の三人に視線を戻した。
ミュゼを襲ったセリアは、ナイマンに強姦されていたらしいモイラ以下三名を今日までに全員、溺死するはずのない場所で溺死させていた。
公園の水飲み場の横で。
寮の自室の洗面台の前で転がり、同じように学校の洗面台の前でも。
そして、極めつけに哀れなのが、留置場のトイレに顔を埋めて、だ。
死んだのが全てエルヴァイラを虐めていた人達ならば、エルヴァイラが勝手に敵認定しているミュゼはどうなるのだろか。
俺は、俺達は、ミュゼの死が起きたら怖いからと、ミュゼを囮にしてセリアを呼び出そうとしているのである。




