普通の男の子で良かった、のにね
俺はよっしゃああ!と心の中でガッツポーズをしていた。
魔法検定結果、魔法力が三百を超えています?
※一般人は五から二十程度
そんなもので俺の未来は潰された。
俺は父親の会社に入り、父親の会社が開発している小型飛行機の研究に携わっていたかったのに、俺の未来は魔法士として軍人になることしかないのか?
国からの祝辞付の書類に、親も俺も泣いた。
絶望の涙だ。
だけど、社会を知っている父は、これこそ魔法力という未知数な能力を持った人間を管理するためのシステムだと言い切った。
だからこそ、このシステムから外れれば俺が国から処分される可能性があると言い、魔法養成特待生を辞退しようとする俺を止めた。
「覚えているよな。副社長のデーヴィットの息子が通り魔に殺された事件。俺達はあれは国が仕込んだものだと今でも考えている。」
彼も魔法養成特待生クラス行きを国から勧告されていたのだが、彼は俺と同じく魔法士になるよりも父親の会社の役員になる将来の方を望んでいたのだ。
「俺はお前には死んでほしくない。」
「わかった。」
俺はそこで涙を呑んで荷造りをし、魔法養成特待生クラスの設置のある田舎町に国の手配を受けて一人で向かった。
どんよりと曇った空は俺の心そのものだが、青い海はキラキラと輝き、世界が狭まったと嘆く俺に、世界の広がりがまだあるような錯覚を与えてくれた。
一瞬だけね。
寮の狭い個室は窓は開いても人がそこを通ることなど叶わない造りとなっていて、寮の出入りが管理しやすいようにカードキーを持たせられている。
俺は国に選ばれた特待生と思うよりも、刑務所に入れられた囚人の気持ちとなっていた。
これから監視され、国の為に戦う魔法士として洗脳され、俺は俺で無くなってしまうのだろうか。
硬いベッドに腰かけて、ほんの少しだけ泣いたのだ。
軍人になれば退役だって出来るだろうと、自分に言い聞かせて。
そして、無為のまま日は過ぎていき、気が付けば季節は初夏になっていた。
夏の長期休暇まであと少しだ、と、俺は気が付くたびに気が重くなっている。
友人や両親と会う事で少しは気が晴れるものだが、ついこの間の春に戻った時は、友人達には楽しい部活動でトロフィーを手にした話や恋人も出来た話を一方的に聞かされるだけとなり、彼等の楽しい話題に気が晴れるどころか彼等と自分の環境の差に酷く落ち込むだけとなったのだ。
そして戻りたくもない寮に戻り、尚更にしたくもない魔法勉強に辟易していた俺は、俺こそあの高台から飛び降りようと考えていたのである。
先を越されたが。
ミュゼが自殺しようとしていたと思ったわけではない。
だって、鼻歌を歌っていたぞ。
お祖母ちゃんが着るような水着姿の女の子が、音程が外れた変な歌を歌いながら歩いているんだぞ。
歌が下手なのに恥ずかしがらずに歌う彼女に俺は笑ってしまい、死にたかったのは最近笑っていないからだと涙が零れていた。
あ、そこは危ないって!
彼女は俺の目の前で立ち入り禁止の看板のある柵を乗り越えて、海に突き出ている崖の小道へと入って行った。
俺がそこを歩こうって思っていたそこを!
俺は追いかけて、そのために彼女を救う事が出来た。
久々に俺が生きていて良かったと自分に思わせてくれた事件だった。
「ねえ、化け物退治に行こうか?」
灰色ネズミのようなふわふわの髪の毛をして、ネズミのような賢そうな黒い瞳をした女の子は、どの女の子達がした事もない眼つきで俺を見つめた。
ところどころ色が抜けた髪の毛は変だが、俺はそれなりにモテるのだ。
一般クラスの女の子にだって、いやいや、魔法養成特待生クラスの同期生と言わず先輩女子にだって、熱い視線を痛いくらいに浴びている。
付き合ってと、何回か言われた事もある。
彼女達の視線は、俺の制服、をチラチラと見る。
魔法養成特待生クラスは何処の町でも全国共通の制服を着せつけられているだけなのだが、一般クラスの子が絶対に袖を通せないものでもあるのだ。
一般クラスの人間からは、魔法養成特待生の人間は国に持ち上げられたエリートとして勘違いされている。
ねえ、行こうよ?
無邪気だった。
俺の目しか見ていない。
本当に化け物退治がしたいだけみたいな!
うん、行こう!
人を誑かして喰ってしまう魔物、恐らく今までの死体はそれに喰われた死骸なんだろうけど、は、俺がもう粉みじんにした。
粉砕するための暴風魔法で、ミュゼがぽーんと海に落ちちゃったけれど。
……つまり、俺のせいで彼女が溺れ死にかけたのだ。
ああ、よかった記憶が無くて。
けれど、内緒のままでいいだろう。
無邪気な女の子と手を繋いで無邪気な会話を交わすのは、俺は実に久しぶりなんだもの!
デエトだよね、これ!




