友のお見舞い
病院を退院した後は、ジュールズの説得によって、親どころか親族一同が私が学校に行く事を禁止した。
よって、私は本日を含めて十日間も学校を休み続けている。
私が溺死しかけたプールで警備員が死んでおり、その不幸が私の自殺未遂によるものだと校内で噂されている現状でもあるのだ。
そんな汚名塗れの私を追放どころか庇って心配してくれる親族ならば、彼らのアドバイスに従うべきだろう。
「うふふ。ジュールズの学力なら、隣町の海洋大学どころか首都の名門ハルヴァート大も確実だって学校に言われているのよ!」
ジュールズの母、ジャクリーン伯母は、私が退院した翌日に、我が家に嬉しそうにして飛び込んで来たのだ。
「私はミュゼの絶対の味方よ。」
喜び溢れる彼女は、そう約束してもくれた。
それは、彼女が牧場主の娘というお嬢様であり、首都の短大を卒業もした人だったからか、我らが故郷スーハーバーが大学への進学者が一握りという田舎町であることにかなり悔しい思いを抱いていた事に端を発する。
ジュールズが町の慣習に合わせて、大学進学をしないと決めたからだ。
もちろん、他の漁師の家が子供の大学進学を考えていないどころか、子供の進学こそを望んでいない、という状況を知っている彼女は、網元の妻としてジュールズと夫の決定に対して、彼らに嫌だと顔にも口にも一度も出さなかった。
外から来た男を夫に持つ我が母に、悔しいと愚痴って泣いていたぐらいだ。
それが今や、公立の海洋大学か私立の超有名名門校かをジュールズの成績ならば選び放題、という夢の世界にぶち込まれてしまったのだ。
よって、ジャクリーン伯母は、息子のジュールズよりも私の完全なる保護者になろうとしてくれているという、恐るべし存在となっている。
つまり、他の親族が何を言っても、私をジュールズの嫁にすると決めた、という、喪女を目指す私には余計なお世話な大きな障害となったのだ。
「うああん。頼んでいないのに!ジュールズは好きだけど!でも、ハルトみたいには一生見る事が出来ないのに!」
私は心の中だけで叫んで、ベッドにパフっと身を沈めた。
すると見計らったようにして部屋の電話の子機が鳴り、受話器を耳に見当てれば母が私に来客があることを告げた。
「お友達がお見舞いにいらしてくれたわ。見苦しくない格好をして下に降りてらっしゃい。」
「友達?」
今の私に友人という存在は残っていただろうか?
泥棒で、人殺しで、婚約者がいるのに学校の王子様を狂言自殺で取り込もうとした屑女、なのよ?
私は誰だと思いながら、エルヴァイラは二度と来ないと思うけれど、恐る恐ると階下に降りていくと、居間には小柄な青い髪した美少女がいた。
「ニッケ!」
「おお。覚えていてくれたか。連絡もないからわしのことは忘れ去ったかと少々心細かったぞ!」
「まさか!悪評三昧の私の友人と言ってくれる人がいたなんて!ああ、ニッケありがとう。」
来てくれたのがニッケだという事が本当にうれしくて、私は言葉の最後の方が涙声になっていた。
「どうした?プールで溺れかけたと聞いたぞ。それで怖くて学校に来れなくなったか、なあ?」
居間のソファに腰かけて足をプラプラさせているニッケは、私を心配しているというよりも挑発しているようであった。
彼女はふふんという風に顎を上げて私を見つめ、私はそのタンザナイトみたいな瞳がキレイだと思いながら彼女の隣に座った。
座卓には母がすでに出しておいたのだろう、青い皿に盛られた父自慢のチョコレートボンボンと、チョコレートの香りがするコーヒーが入ったマグカップが二つ乗っていた。
「お前も来た事だし、いただこうか。おお、美味そうだな。」
「銀紙に包まれているのが一番のおすすめね。」
私が勧めた銀紙に包まれたボンボンチョコは、お酒を染みこませたサクランボに薄いチョコがコーティングがされている、という人気高い季節商品だ。
ニッケは嬉しそうにそれを摘まむと、さっと銀紙を剥がして口に放り込んだ。
「んまい!」
「ありがとう。父の自信作よ。」
私はさらにどうぞという風に勧めたが、ニッケはいらないという風に手の平を私に向けた。
「お前こそ親父殿のチョコがこれから食べられなくなる、だろう。すぐに隣町に引っ越していくお前が喰うが良い。」
「し、知っているの?」
私はぎくりとしながらマグカップを持ち上げて誤魔化すようにして口に当て、するとニッケも同じようにしてマグカップを口に当て、ニヤリと笑った。
「九月にはこの町にはいない、ということぐらいはな。寂しい事だ。」
「あ、ありがとう。そう言ってくれるのはこの町ではあなただけよ。私はどうやら人殺しだって思われているみたいじゃない?」
「そうかな。そんな噂話はもう消えたはずだが、まだ残っているのか?」
え、ええ?




