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鬱々と悩むはトイレの中で

 体操着に着替えた私は、腐った卵の汚れが付いた服をトイレの洗面台で洗っていたが、汚れが全く落ちないどころか臭いがとても強烈で、例え染みが落ちても二度と着ることは無いだろうと諦める事にした。

 水色のワンピはそれなりなお気に入りだったし、ハルトに壁ドンもされた思い出の服ともいえるが、人間、諦める事も肝心だ。

 壁ドンじたいが単なる錯覚だったし、私が自爆しただけの恥ずかしい思い出じゃないか。


 私は頬に落ちて来た涙を手の甲で拭った。


 いじめが辛い訳ではない。

 どん詰まりになったこの先を思ったら、勝手に涙が零れただけだ。


 ジュールズは今も昔も、私にはとっても優しい従兄のお兄さんでいてくれた。

 彼は私を守るためだけに女子トイレの前に立ってくれていて、私がトイレから出てくるのを待っていてくれているのだ。

 自分の授業だってほったらかしにして。


 一般クラスの最終学年で優等生でもあるジュールズが、虐められた私への配慮を学校の職員に願い出てくれたのだ。

 その恩恵として、授業放棄した私達を職員が指導するどころか、私達を放って置いてくれている。


 私は私の為だけに動いて自分の時間をも台無しにしてくれているジュールズに感謝して、どうにもならないドレスなんか放って今すぐにでも彼の前に出なければいけないだろう。

 なのに、ドアの外に出たそこで、私が私であること、ハルトに恋している自分を完全に捨てなければいけないと、二の足を踏んでいるのだ。


 今の私が恋をしてしまったハルトは、前世の私が恋をした本の登場人物とは違っている。


 ぜんぜん斜に構えてなんかいないし、人当りがきついどころか、誰にでも優しく気遣いのある楽しい人だ。

 私の壁ドン講義を素直にも受けてくれるぐらいに。


――俺は君に好きだと告白はしていないよね。


「うん。思い込み。馬鹿な私。」

「ほんとうに、ばか。」


 私以外の女の子の声に、私はハッとして顔を上げた。

 目の前の四角い鏡には私が映っているだけだった。

 私はほおっと息を吐きながら、鏡に映っている自分をまじまじと眺めた。

 何の癖も無ければ、美しさだって無い私。

 灰色の髪はちょっとぼさっとして光沢も無く、銀色に輝くなんてことは無い。

 黒い瞳は前世の自分に重なるようでホッとするものだが、いまやそんなその他大勢な部分こそ嫌で堪らなくなっている。


 綺麗な青い目になれば、少しは自分に自信というか、モブの呪いから外れる事が出来たかしら?

 いいえ、駄目ね。

 私をずっと好きだったと告白してくれたジュールズなんて、モブにしておくには勿体無いほどに素敵な男性じゃないの!

 短い髪の毛は失礼なハルトが形容したとおりにヒヨコみたいな真っ黄色だが、瞳は薄緑色というペリドットみたいな美しいものなのだ。


「いいえ、ジュールズはぜんぜんモブじゃないわ。」


 そんなジュールズなのに、私がずっと好きだったと言ってくれたのだ。

 彼が七歳になった誕生日に、五歳の私がおめでとうと彼にお祝いを言った日からって。

 好きだからこそ兄妹みたいに育ちたくなかった、とも語った。

 だからこそ、私に対して距離を置いて付き合っていたのだ、とも。


――距離があった方がミュゼが俺を好きになれなかった時には断りやすいだろ?


「ぜんぜんだよ!そんなこと言われて、そうね、ごめんなさいって言える女の子にこそ会ってみたいよ!」


 凄く優しい彼だからこそ、私の言葉で傷つけたくないと思ってしまうのだ。

 でも、付き合える?

 結婚よ。

 白いドレスを着てお終いじゃないのよ。

 初夜ってものがあるのよ!

 私は顔を両手で覆っていた。


「やっぱり、断らなきゃ。うん、前世と同じ、一生無経験な喪女だろうけど。」

「大丈夫?孫を産んでくれた妹は、いる?」


 私はぱっと両手を顔から外すと、もう一度鏡を覗き込んだ。

 少女の声が聞こえたのに、やっぱり私しか映っていない。

 四角く切り取られた私を中心に添えたトイレ風景だ。


 鏡に映るのは真後ろにあるトイレの三室だ。

 通路を挟むので距離が出来て三室の扉が映ってはいるが、左右の個室は半分以上見切れていて、私の真後ろとなる真ん中の個室だけが丸々と映っている。


 その閉まっている個室の扉はアメリカ風に足元が無い物だが、その覗ける扉の下の部分には、便器の足だけでなく白いバレエシューズを履いた足も生えていた。


 私は後ろに体ごとくるっと振り返った。

 ずらっと並んだトイレの個室は五つ。

 洗面台も五つあるが、私が使っているのは真ん中の一つだ。

 だから、人がいたらしい個室は、私の真後ろになる。


 しかし、振り向いた私の目の前にある個室には、人の気配など全くなかった。

 扉がきぃっと軋んで開いた。

 私はハアっと息を呑んだが、当り前だがそこには誰もいない。


「いるわけないわ。いないのを確認して。」


 私の両側に二本の腕が生えていた。

 その白く血色のない蝋みたいな腕は、後ろから私を抱き締めようと伸ばされたものだ。


「きゃああああああああああ!」

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