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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第五章 モブにも意地がある
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壁、どん?

 壁に打ち付けた手の平が痛い。

 じんじんと痛んで来た事で、俺は自分がしてしまった事を見返す冷静さが脳みそに戻って来て、戻って来た事で混乱している。


 いや、落ち込んだのか。


 俺は酷い目に遭ったミュゼを労わるどころか、正気に戻ったヒヨコに渡したくないからと彼女を無理矢理に外へと連れ出して、人気の全くない校舎の裏にまで引き摺って来てしまったのだ。

 さらに、大丈夫だったかと聞くどころか、婚約していた事を俺に黙っていたミュゼがひたすら憎いと、その気持ちのまま壁を叩いていたのだ。

 情けなくも、婚約していた事をどうして黙っていたと、内心そのままを恥ずかしげもなく言葉もぶつけてしまっていたのだ。


 俺は深呼吸を一つすると、きっと脅えてしまっているミュゼに謝ろうと彼女を見下ろした。


 …………!!


 彼女は、口元に手を当てて、考え込んでいるんじゃなく、ものすっっっっごく嬉しそうにして照れていた。


「わあ、嬉しそうだね。ご婚約おめでとうございます。」


 ミュゼはひゃっと驚くと、違うと言って俺に縋りついた。

 両手で俺のジャケット掴んで俺を必死な顔で見あげている、という、思わず抱き返したくなる可愛らしさを見せつけてくるとはどういうことだ!

 婚約者がいるくせに!

 ついでに言えば、撥ね退けたいのに、撥ね退けられないこの俺の不甲斐なさ!!


「ち、違うのよ!だって壁ドン、なんだもの!」


「何が、壁ドン?」


「だから、壁ドンなの!女の子の夢よ!好きな男の子に壁に挟まれて壁ドンされるのは!ああ、凄い!夢が叶った。壁ドンされた、壁ドン。」


 俺は意味が分からなくなって、もう一度壁を叩いた。

 ミュゼは喜ばなかった。


「……どうして?壁ドン、でしょう。」


 彼女ははああと大きく息を吐いて、分っていないなあ、という風に首をゆっくりと横にプルプルと何度も振った。

 少しムカつく。

 壁をもう一度叩いた。


「どこが違うの。」


「あああ、もう!さっきと今のは違うじゃない。壁ドンは、ええと、場所を交代して!そう、今度はハルトが壁側。で、ええと、身長差があるから、少し屈んで。ちがーう、猫背で背を丸めたら壁ドンにならないでしょう!」


 俺は煩く注文を付けるミュゼの為に、最終的には壁に背中をぴったりつけて足を空気椅子みたいな状態という、意外と苦しい姿を取った。


「これでいいか?」


 ミュゼは凄く嬉しそうににんまり笑うと、俺の左上斜め上、先程俺がミュゼにしたみたいにしてミュゼが右手を壁に打ち付けたのだ。

 少々ひょえっと脅える自分。

 そんな自分にミュゼはぐぐっと身を乗り出すと、好きだ、と俺に言った。

 俺はミュゼの告白にドキッと心臓を跳ね上がらせたが、数秒後に、これは壁ドンとやらをミュゼが俺に教え込む為の演技であったと思い出した。


 演技だからこそ、簡単に俺に好きだと言ったミュゼが許せなかった。


「よくわからないよ。で、俺は君に好きだと告白はしていないよね。」


「ああ!そうだ!」


 あ、見るからにミュゼは頭をがっくりと下げた。


「……そうだね。うん。そうだった。ごめんなさい。勝手に盛り上がっていた。うん。私はモブだから、そんなことは無いって考えるべきだった。それから、ジュールズとの婚約は私も朝知ったの。知らなかった。でも、そうよね。単なるその他大勢の人間なんか、田舎町のモブキャラでしかない人間なんか、主人公クラスの人となんかハッピーエンドになれないわよね。」


「え?」


 俺が彼女に声を掛ける間もなく、ミュゼはぼてぼてと重たい足取りで歩き去って行った。

 遠ざかって行く彼女を見送りながら、俺は彼女を追うべきだと自分に言い聞かせていたが、体が全く動かない。


 頭をがっくりと下げて背中を丸めた哀れな姿の彼女を、俺は追うべきだろ。


 エントランスで味方が一人もいないのに、顎を上げて両足を踏ん張ってエルヴァイラに対峙した彼女が、トボトボと歩くだけの落ち込んだ姿になったのだから、俺は彼女を追いかけるべきなのだ。


――好きな男の子に壁に挟まれて。


――勝手に盛り上がっていた。


――田舎町のモブキャラでしかない人間なんか、主人公クラスの人となんかハッピーエンドになれないわよね。


 モブキャラ?主人公クラス?最後の奴は意味わかんないよ。

 だけど、ミュゼは俺のことが好きなんだって事なんだよね?

 俺はミュゼの言った言葉によって、じわじわと自我を崩壊されているのだ。

 ミュゼは俺のことが好きなんだ、だよね、なんだよね?と。


――俺は君に好きだと告白はしていないよね。


「うわああ!俺は何を言っちゃってんだよ!」


 始まりかけた恋の芽生えを、俺が自分で踏みつぶしてしまった、とは!


「待って!ミュゼ!」


 俺の足はミュゼを追いかけるために、ようやく走り出してくれた。

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