初恋の君と、約束?
「うん。毎年何人もそこで溺れ死んでいる。俺はさ、その謎を解きに行っていたんだ。すると、都合よく、君がばっしゃーんと飛び込んだ。俺の未来予測能力では、君が水面から顔を出せる確率は0パーセント、だった。」
「まああ、私を見守って下さったって事?ありがとう。」
「いや、変な鼻歌を歌いながら立ち入り禁止区域に入って行くからさ。」
ハルトムートはカップのお茶をごくごくと飲み切ると、私に当たり前のようにして空のカップを差し出した。
私は学食の長テーブルのど真ん中にあったお茶のポットを引き寄せると、そのお茶ポットの中身をハルトムートのカップに注いでやった。
「その鼻歌と海への飛び込み部分、父に黙ってくれていてありがとう。」
「同期の情けだよ。」
私という意識がカムバックする前のミュゼは、恋に恋する乙女そのものらしき、とっっっっっっても痛い女の子だったみたいだ。
きっと、ほら、あれだ。
小説や漫画で主人公やヒーローが目立つことをすると、目をキラキラさせて褒め称える、というモブキャラであったに違いない。
あの日のミュゼは、きっとその属性そのままに、一人で歩くなと言われている高台をふらふら歩き、私を見つけてくれる人はどこにもいないのね、と乙女な幻想に浸っていたのであろう。
そんな私を獲物として手招くのは、魔法世界にはあってはならない地縛霊。
「あ、私、変なものを見た。」
ハルトムートは見るからにぎくりと動きを止めた。
そうだ!
小説の中では彼とエルヴァイラは化け物と戦ったりするんだわ!
「黒くてぶよぶよな変なの。それを見た後に記憶が無くて、気が付いたらあなたに助け出されていたんだわ。」
ハルトムートは見るからにホっと息を吐いた。
「何かあって?あなたも見たの?あ、もしかして、怖くなったあなたこそ敵前逃亡で岬から海にダイブした、そんな感じ?」
あ、ハンサムな顔を凄く不本意そうに歪めた。
「ろ、ロランさん?」
「いや。君は俺がそんな弱っち君に見えるんだ?」
まあ、何てこと。
人から一歩引いている筈のハルトムートのくせに、あからさまに不機嫌な感情を表に出しているじゃないの!
あ、でも、見守るタイプじゃなくて、前に出るタイプだったら、この子は死んじゃわないのかもしれない。
前に出ようとするエルヴァイラを身を挺して守って死ぬ結末の子だ。
前に出ようとするエルヴァイラを前に出さない強さがあれば、彼は死なずに、ずっと好きだったエルヴァイラとハッピーでいられるんじゃないの?
個人的にエルヴァイラは好きじゃなかったんだけど。
私はハルトムートの綺麗なエメラルドの瞳を見つめると、化け物退治に行こうか、と彼に囁いていた。
小説と違ってどうでもいい私に対しては地が出せるらしい彼は、にっこりと笑い返して、行こう!と頼もしい台詞を返した。
私には魔法は使えないが、強い風魔法を持っている彼ならば、地縛霊ぐらい平気で吹き飛ばせるはずだ。
そう、男の子の意識改革は、まず自信をつけさせること、中学生の息子を持つ友人がそう言っていたじゃないの!
「で、あのさ。俺の事、ロランさんじゃなくて、ハルトって呼んでくれる?」
え、ええええ?ハルトムート・ロランさんが、モブな私に愛称で呼べって?
「も、ももも勿論よ。私の事も。」
「うん。ライトで。」
「いや、そこはミュゼじゃないの?」
ハルトムート、もとい、ハルトはしてやったりの悪戯そうな笑顔でにやっと笑って見せた。
まあ!私ったら何を見誤っているの!
自信づけるどころじゃなくて、彼は普通にモテキャラだったじゃないの、と。
でも、よろしくとハルトが手を伸ばして来ただけじゃなくて、私の名前を呼んでくれた事で、私はちょっと天にも昇る気持ち、というものを産まれて初めて体験していた。