モブにだって意地がある
私はモブでしか無いだろうが、モブなりに出せる精一杯の気概を見せながらしっかりと立ち上がると、両足を踏ん張って腕を組んだ。
泥棒の濡れ衣を着せておいて、私の勘違いだったわよと言って私を庇う事で私に恩まで着せるという、女にしか出来ないこの嫌らしい攻撃。
こんな女に恩を着せられるくらいならば、泥棒の濡れ衣を背負った方がマシだ。
そんな覚悟を決めた私こそ意固地で馬鹿かもしれないが、でも、この目の前の女に頭を下げたら負けのような気持なのだ。
「私は誰の物も盗まない。大体どうして、あなたが言うには廊下に置きっぱなしだったらしいあのドレス、私の物では無いってあからさまに解るものを私が持ち帰るって言うのよ!」
エルヴァイラは殆ど怒鳴り声の私に対し、ごめんなさいね、と謝った。
私が騒ぎすぎたせいね、と、しおらしさまでつけて!!
勝気な目元だって、すまなそうにしゅんとした風情で長いまつ毛を伏せてまでいる!
「ええ、それでいいわ。もともと、紙袋に入れて無造作に置いておいたあたしがいけなかったんだもの。間違いは誰にでもある。使い勝手の良いこの紙袋、あなたのお家のお店のものなんですものね。ええ、良いのよ。お互いに間違えた。ねえ、そういう事で今日は納めましょう。あたしは大事なドレスが戻って来るだけで嬉しいのだから。」
エルヴァイラの返しに、完全に負けた、と私は思った。
私に濡れ衣を着せて断罪、じゃなくて、お互いの勘違いにして庇うって事で私の潔白を晴らす機会を奪い去ることこそが目的だったのだ、と気が付いた。
これで私は誰にも信じて貰えない人間となったに違いない。
「いやあね。さっさと謝ればいいのに。」
「エルヴァイラが可哀想。」
「盗人猛々しいって、ああいう奴の事なのね。」
私を責め立てるひそひそ声が周囲に広がっていき、その囁き声を聞くに、きっとこの場にいる目撃者は、この目撃したことを私が泥棒だという前提で広めるのだろう。
私はエルヴァイラによって、泥棒という黒い染みを自分につけられたのだ。
私は彼女に完敗したのだ。
今日の彼女が選んだドレスは、白地に水色の薔薇の小花模様があるものだ。
天使みたいに白っぽく彼女を輝かせて、周囲には私を許す心の広い天使みたいに見えているだろう。
この世界で青いバラはどんな花ことばなのかしら。
青いバラは存在しないから、ということで、不可能?
それとも、作り出しちゃった人がいるから、願いは必ず叶う、の方?
私を余裕そうに見下げるエルヴァイラは、モブな私がハルトに恋することが許され難い不可能な事で、彼女自身がハルトへ秘めている恋心こそ必ず叶うと思っているのかもしれない。
派手派手しいまでに美しい人に、モブの私が立ち向かおうと考えた事こそ不遜なのかもしれないが、それでも私は彼女を睨みつけた。
「私は何度だって言うわ。他人の持ち物は何も持ち帰っていないし、欲しいとも思わない。大体、あんな悪趣味なドレス、私の趣味じゃないの。持ち帰った覚えのないものが我が家に持ち込まれたから持って来たまでよ。」
「いい加減にしろよ、ブス!」
「きゃあ!」
エルヴァイラの親衛隊らしき男達の一人が私に声をあげ、私に向かって手に持っていた何かを投げつけてきたのだ。
私の今日のシンプルドレス、ジュールズに褒められた水色のハイウェストのワンピースの胸元には、物凄く臭い緑色の粘液がべっとりとついてワンポイントとなった。
「うえ。」
腐った卵だ。
このために腐った卵を作っていたの?日常的に持っているモノなの?
「お前ら!なんてことをするんだ!ミュゼが泥棒なんてするわけ無いだろう!」
私を庇う大声を上げた人がいたが、それは一時は私から離れて私を疑っていたはずのジュールズだった。
彼は私を庇うように腕をまわして来たが、なんだか眩暈が起きたかのようにして頭をぐらりと下げ、再び頭を持ち上げた時、彼の眼の中には渦が見えた。
朝の母と同じ、瞳の中で回るグルグルの渦だ。
「ジュールズ。」
彼はぎゅっと瞼を閉じると、目を閉じたまま大声を上げた。
「ふざけるなああ。こいつがそんなことをするわけはないんだあああ!」
彼はぐらりと体をよろめかせ、私は彼が倒れないようにと身体を支えた。
「ああ、畜生。目を開けると目が回る。俺じゃ無くなる感じがする。」
「ジュールズ?」
私はジュールズの言葉に周囲を見回した。
私を泥棒だと罵り、私が死ねばいいとまで囁き出した集団の私を見る目は、どんな瞳の色をしていようと、全部が全部、目の中でグルグルと紺色の渦巻きが回っているのである。
なんてこと。
「死ぬ死ぬ詐欺の嘘吐き女。本気で死んじゃえ。」
女の子の誰かがボソッと呟いた。
すると、周囲でクスクス笑いが広がった。
「本気で死んじゃえ。」
「しーね。」
死ーね、死ーね、死ーね、死ーね、死ーね、死ーね、死ーね、死ーね……。
「本気でミュゼが死んだら、お前らが殺した事になるがな。なあ?」
一瞬で周囲がしんと静まり返った。
ニッケがいた。
青いおかっぱの髪に黒いジャケット姿のニッケは、女子高生というよりも軍服を着た少年兵にも見える凛々しさだ。
私は私の助けに入ってくれたニッケに感謝の目で見返したが、あれ、なんと、ニッケの後ろには巨大なナメクジがグネグネと従っているじゃないか。
「ニッケ、それは?そのナメクジは?」
ニッケはニヤリと笑って口元を歪めた。
「これか、これはな、アメフラシ様、じゃ。」




