幸せな朝とモブにはふさわしくないワンピース
朝、光り輝く、朝。
希望の、朝!
クローゼットを開けたら、そこには幸せな気持ちの私が着るにふさわしいふわふわのドレスがあるはず!
ハハハ、なんてことはない。
漫画の背景やアニメのその他大勢の服は、その場を壊さない適当なものが多く、したがって私の服はシンプル極まりないものばかりなのだ。
いや、今までモブに徹していたどころか、そう、思い返せば私はこの世界の女の子達が好むゴスロリは着てみたいが気恥ずかしさが先に立っていたのだ。
従って、私のクローゼットの中身は一昔前のお婆ちゃん風味となる。
――似合うよ。
私の頭の中に、ハルトの声で!ハルトの言葉が!!再生された。
むふふ、似合うって、似合うなんて。
「さて、今日はどんなシンプルさんで行こうかしら?」
私の中には変な自信が湧いて出ていた。
昨日のハルトの告白に対して、私を海に落としちゃったことは黙っていようよって、私は彼に提案していた。
彼が魔法を暴走させる羽目になったのは、岬に潜り込んだ私を化け物から助けようとした行為が原因なのだから、全く無問題でしょうと。
「それに、私はハルトの弱みを握ったし。何かあったらこれをネタに脅すわね。」
するとハルトはにやっと笑った。
笑って、私の耳に、私の腰がぞくぞくする声で囁いたのだ。
「脅されなくてもなんだってするよ。」
「ひゃあ!」
何度も思い出しては、私はここで大騒ぎだ。
なんか、まるでまるで、私とハルトは恋人同士っぽくない?
ああ、ハルトと友人になれただけでも嬉しいのに、ハルトはいい所のお坊ちゃんなせいか振る舞いがソフィスティケートされているのだ。
手の甲に軽いキスなんて。
「キスよ!きゃあああ!」
「ミュゼ、何を騒いでいるの!学校に遅れる……まだ服も着替えていないの?」
母が部屋のドアを開けて入り込んで来た。
「あ、ママ。すぐに着るわよ。ねえ、何色が私に一番似合うと思う?」
シンプルイズザベストなモブ女である私のクローゼット内は、色で選んだ方が早いぐらいにどの服もシンプルなのだ。
背景モブ女の衣服には適当な大き目のリボンやフリルもついている事があるが、そんな適当な大きなリボンこそ欲しいと思う?
さて、モブ女の母としてふさわしい、薄茶色の髪に普通の顔立ちをした母は、ふふふと嬉しそうに笑いながら、娘を持つ母らしい選択をした。
どんな娘も自分にとっては世界一可愛い、という気持がわかるような、私がいつ買ったのか分からないピンク色のドレスを引き出したのだ。
いや、このドレスは初めて見たぞ。
フリフリも多くって、レースだって裾にふんだんに使われているじゃないか。
形としては胸元は浅くて広く空いている、つまり、変形型のボートネックで、紺色の細いラインのパイピングがある白い襟がついている。
また、胸の真ん中には、やはり白い地に紺色のストライプ模様の大きな大きなリボンが飾られている。
光沢まであるどピンクのドレスの上半身は細身な作りで、きっと着たら体のラインが分かるぐらいにぴったりと貼り付くに違いない。
そして、それに反して腰から下はチュールをふんだんに使われているという、ボリュームのある膝丈のものなのだ。
「こんなの着れないわよ!何これ!」
一言で言えば、魔法少女が、へーんしん、したドレスと言える。
「どうしたの、これ。」
「あなたのドレスでしょう?ここに入っていたのだから。」
「入れた覚えもないし、知らないわよ!」
「いいからこれを着なさい。これを着て学校に行くの。」
「ママ、だって。」
私はそこで次の言葉を飲み込んだ。
だって、母親の眼つきがおかしいのだ。
母の目は真っ黒な私の瞳と違って薄い青い目という綺麗なものだが、その青い瞳の中で紺色の渦がグルグルと回っているのである。
「ママ。どうしたの?」
母は夢遊病者のようにピンクのドレスを翳すと、それを私の身体に押し付けようとした。
そのドレスが体に触れたら危ない、と本能的に私は避けた。
「ジュールズが迎えに来ているのよ。今日はこれを着て、二人は婚約者だって皆に祝福してもらいましょうよ~。」
「絶対に、嫌よ。」




