あなたのそれは罪悪感?
私の右手を左手で繋いだまま、ハルトはぐんぐんと早足で歩くばかりだった。
だけど、私の家への近道どころか、彼は海に出る道という、大周りになるルートを選んで私を引っ張って行くのだ。
私の胸は高鳴るばかり。
途中で私の足が遅いと気が付いたハルトは、私から鞄を奪い取り、自分の右肩に掛け直すなんて優しさも見せていた。
でも、早足。
そんなに早足で歩くならば、普通の通学路を歩けばいいのに!
私を早く家に戻したい、のかな。
でも、一緒に長く歩きたいから大周り?
でも、でも、早く家に帰さなきゃだから、早足?
私の頭の中ではそんな自分に都合の良い三段論法が次々浮かび、早足は疲れるけれど、歩くたびに私の顔はにへらにへらと緩んでいった。
女の子としか帰宅しなかった私の前世の学生時代。
初めて男の子と一緒に歩いて、それでもって、私は初恋の人と手を繋いでいて、それでもって、青春真っただ中、と思える海をバックにした舞台なのよ!
ああ、そうだ、海!
私は海を見ていなかったとガードレールの向こうに振り返った。
日本海しか知らない私には、透明な青い海に白い砂浜なんて、それはもう夢みたいな風景だって今更に気が付いたのだ。
そうよ、今更よ。
転生して、普通の風景だって思い込んでいたけれど、こんなきれいな海岸風景は、南の国に行かなきゃ体験できなかったじゃないの、と。
私の足は自然に止まり、私が立ち止まったせいでハルトの足も止まった。
彼が私を見ていなくても、私の口は勝手に喋っていた。
だって、すっごく幸せな気持ちなんだもの!
「ねえ、ハルト!海がキレイ!」
「君がいつも見ている風景でしょう。」
「こんな早い時間に、ハルトと一緒だからかな!なんだかキラキラしているよ!」
私の右手が強く握りしめられた。
ハルトは私でなく海を見ていた。
私みたいに海が綺麗だと感動している顔じゃなくて、歯を喰いしばっているという何かの覚悟を決めた横顔だった。
「……ごめん。」
胸がどきんと高鳴った。
期待、ではなく、怖れ、の方だ。
私はもう一度海を見返した。
海を見ていながらだったら、悲しい結果になっても大丈夫だから。
涙が出ても、海がキレイでって誤魔化せる。
誤魔化して見せる。
「俺が君を海に落としちゃったんだ。」
私はハルトを見返した。
物凄い勢いで首をまわしたから、首の骨が折れたらハルトのせいだ。
ハルトはやっぱり私なんか見てはいなかったが、物凄く罪悪感が溢れているという顔、そう、泣き出しそうな顔で海を見ていた。
「ハルト?」
「俺が君を海に落としちゃったから、君が自殺だなんて言われて。それなのに、俺が違うって誰にも言えなくて、ごめん。」
「ええと、それって、私を殺しかけたっていう罪の意識で、怖くて誰にも真実を言えなかった、って事かな?」
ハルトは答えなかった。
私は心がしぼんでいた。
彼が優しいのは、私への罪悪感と謝罪の気持ち、だけだったのか。
私は再び海を見返した。
キラキラと西日を受けて煌く海は、青春のキラキラじゃなくて、罪の告白をする火サスの崖下の海にしか見えなくなってきた。
ああ、海を見ると人は罪を告白したくなるってことなのね。
「君に軽蔑されたくなかった。」
「はい?」
私の首がぐきっと鳴った気がしたが、そんなことはどうでもいい。
なんて言った?
この目の前の主人公クラスキャラは、モブキャラでしかない私に何て言った?
「俺のせいで君は酷い状態だよ。それでも君に嫌われたくないからって、今まで黙っていた俺は愚図で最低だろう?」
「いや、ぜんぜん。」
「ええ!」
自分を愚図だと言っていた男は、私の返しに信じられないという風に仰け反って、被害者と彼が考えているらしき私をなぜか責めて来た。
「ミュゼはおかしいよ!俺の話を聞いていなかったんじゃないの!ああ、酷い!俺は死ぬ思いで告白していたのに!君は海を見るばかりで俺の話なんか聞いていなかったんだね。」
「いえ、ええと。聞いていたけど、あの、私としてはね、あの。」
「言ってくれ。俺は君の言葉をちゃんと聞く。」
「あ、ムカつく!私こそちゃんとハルトの言葉は聞いていましたよ!聞いていて、私に起きたことは別にあなただけのせいじゃないし、そこは責める所じゃ無いなってだけよ。だって、命がけで私を助けようとしたのは事実なんでしょう。」
あ、ハルトの頬がポっと赤くなって、それから恥ずかしそうにもじっとしながら私から顔を背けた。
そして、子供のように、うん、と答えた。
「じゃあ、ぜんぜん問題ない。大体、岬には私が勝手に行ったんでしょう。変な鼻歌を歌いながら。ねえ、私は自分が何の歌を歌っていたのか覚えていないの。何を歌っていたのかしら。」
ハルトはくくっと笑うと、私の腕を再び掴んだ。
掴んだだけじゃなく、ふわっと手の甲に柔らかな何かが当たった気がした。
気、だけじゃないよね。
キス、された?ハルト様に?
私はそこでカキーンと固まった。
そんな私を笑いながら、彼は自分の左腕に私の右腕を絡めたのだ。
「今度はゆっくり歩こう。俺が曲名を教えたからって、君が調子っぱずれの歌を住宅街で歌い出したら大変だ。」
「ひ、酷いわね。」
私は左手でハルトを叩くふりをした。
その左手はハルトに簡単に掴まれて、手の甲に彼はちゅっと私が見つめる中で口づけた。
一瞬だったけど、私はその柔らかな唇の感触を絶対に忘れない。
一瞬だったけれど、背中から腰に向かって、電気みたいなものがビリっと走ったことだって、ええ、絶対に忘れない。
忘れてなるものか。
だって、今だったら死んでもいい、なんて気持にもなっちゃっているのだ。
うん、今こそ死にたいかも。
ハルトが誰かに恋をした時、小説通りにエルヴァイラにだろうけれど、二度とハルトとこんな事は無いのだろうと思ったそこで、私はきっと人生が終わったような気持ちになるだろうと確信しちゃったんだもの。
21/2/23
海辺を一緒に歩いて帰宅するシーンでは、当初左手の甲へのキスしか書いてありませんでした。
自分の脳内では、まずハルトはミュゼの右手の甲にキスをしてから自分の左腕に絡ませ、照れるミュゼを揶揄って、ミュゼが叩いて来たその左手の甲にもキスをした、はずでした。
第七章で見直して違ったと気が付いたので修正しました。
申し訳ありません。