あとで?
私の台詞にセンダン、もといジュールズはぎろりと私を睨み、私は私の目撃者さんにお願いしますと言う視線を移した。
けれどハルトは自分が目撃したことを話しだすどころか、私にだけわかるように、あとで、と口を動かしただけだった。
あとで?
しかし私の目線のせいでハルトに注目は集まっており、このテーブルについている人間はハルトが目撃者だとしっかりと認識した事だろう。
彼には何か考えがあった?
申し訳ない気持ちでハルトを見つめていると、ハルトは自分に注目が集まった事こそ嬉しいみたいにして鼻でフフッと笑った。
「ハルト?」
「とにかく、その噂をばらまいた奴を探しましょう。俺も今後はその噂をばらまいた奴を問いただしていきます。ミュゼに何が起きたのか、ミュゼの知らない事まで知っている奴こそ、ミュゼを貶めたい犯人でしょう。」
ああ、それで、あとで、なのか。
「そうか。俺は何も知らない。何も知らないで情報を聞いて、それをお前に確認させるって奴か?俺だって全部知っていたらその場で犯人をつるし上げられるぞ。そう思っていないのか?」
「いいや。ダレン、君だったら普通にできるでしょう。何が起きたかは明日でいいかな。俺はもう少し自分の中の情報を精査したいんだ。しっかりと全部思い出してから君達に伝えたい。ミュゼの安全が掛かっているんだ。俺は失敗をしたくはない。」
ダレンはニヤリと笑うと、ハルトにわかったという風に手を上げた。
「了解。ミュゼちゃんの水着姿を一人で思い返せる時間が今夜だけでも必要だって事だね。っていたい!」
テーブルの下でダレンの脛が、再びハルトとジュールズに蹴られていた。
私は小説通りに頭の切れるハルトに惚れ惚れとしていた。
彼は小説の中で友人達とこうして額を突き合わせて事件について語り合い、そして、次の行動をどうするのが一番なのかと悩む仲間たちに対し、彼こそが素晴らしき方向を指し示すのである。
「ハルトって、本当に頼りになるのね。」
私の思わず出た称賛の言葉に対し、彼はいつものように喜ばず、小説での彼みたいな皮肉な笑い方をしただけだった。
けれど、彼は手を伸ばし、私の右手をそっと握った。
「おい、慣れ慣れしいだろ!」
「黙って。あんたはまだ授業あるだろ。俺はこれからミュゼを家まで送る。今日はミュゼは早引けして、家で休んでいた方が良いと思う。いいよね、俺が君を送るから。」
私は頭を上下させていた。
彼に声を出して返事が出来なくなっていたのは仕方が無い。
好きな子と一緒に下校。
前世の私には一度も無かったシチェーションだもの。
嬉しくって胸が詰まっちゃったの!
「じゃあ、荷物を取りに行こう。」
「え、あ、はい。あ、ニッケ、ダレン、ジュールズ、またね。」
「おう。」
「じゃあまた、ミュゼちゃん。」
ニッケもダレンも気さくに笑顔で見送ってくれたが、ジュールズだけは仏頂面で、彼もいっしょに立ち上がりかけた。
「センダンさん。俺が一緒だから大丈夫です。俺のせいなんで、俺がちゃんと守りますから。」
「ハルトのせいだなんて!」
私はハルトに少々引っ張られるようにして、学食から連れ出された。
怒っているような口調だったハルトの、自分のせいだって台詞が、なんとなく分かってはいたけれど、その他大勢のモブに主人公クラスが関わってくるって事は、責任感とかそういうものがあってこそなんだなと思い知らされていた。
彼と帰れるって事に喜んで羽ばたいた胸の中の鳥は、いまやみーんなどこかに消え去った。
私を引っ張るだけで振り向きもしないで、ずんずんと歩いていくハルト。
いつの間にかロッカー前で、やっぱり不愛想に私にバッグを押し付けた。
いいえ。
バッグを手渡した後は、自分の額に手を当てて押し黙ってもいる。
彼は大きく息を吐きだすと、決めて欲しいと私に言って来た。
「何を私が決めるの?」
するとまた彼はハアと溜息を吐き、やっぱり私の腕を取って歩き出した。
「ハルト。私は一人で帰れるから、なんか、あの。」
「俺が送りたいからいいの!」
一緒に帰るって、肩を並べて楽しくおしゃべりってことで、怒ったような背中を見つめるだけなのは違うよな、と胸がチクチクしていた。
それでも私はハルトと一緒という所は誰にも譲れないし、とっても嬉しくて堪らないんだと、彼に引っ張られるに任せていた。




