その九 ここはショッピングモール前
悔しいながらも運転を続けて三十分後、世界の果てに大きなサーカステントがぽつんと立ったような光景、つまり、近隣の町の人間が集合して来る隣町の巨大ショッピングモールに辿り着いた。
「わお!俺はいつも思うけど、こういった風景は好きだな。適当な車に死体を乗せて適当にこの広々とした駐車場に置いたら、死体が発見されるのは何年後何だろうって凄くワクワクしない?」
「しないし、すぐに死体が見つかりやすい入口近くに停めるから安心して!」
私は駐車場の端ではなく、ショッピングモール入り口近くの、それも車がぎちぎちに駐車されている区画にまで車を走らせ、空いたスペースに車を入れた。
「わお!完璧。俺の抱えている運転手の誰よりも運転が上手いな。高校を卒業したらウチの財団に入る?変なセミナーもいっぱいあるから楽しいと思うよ。」
「働かされて、その変なセミナーにお給料をつぎ込むのね。わあ、ぜんぜん私にメリットが無~い。」
言い返しながら完全に停車した車からエンジンキーを抜いた。
ほんのり温まっているエンジンキーを手にぎゅっと握ったそこで、私は自分がアストルフォに気安く喋っていた事に気が付いて脂汗が出て来た。
「おやおや、どうした?また脅えたうさぎちゃんに戻ったかな?やっぱりセミナーにおいでよ。以前に参加したノーマン君はね、かなり意識改革が出来たって、今は俺の物凄い信奉者になっているよ?」
「ノーマンって、あの、ジュリアよね。あの人はあの、あなたの駒だったの?」
「駒じゃないよ。復讐に燃えていた単なる孤児の子供だった。俺のところで復讐を昇華する方法を学んだ俺の子供みたいなものだ。」
「げ。それって思いっ切り洗脳って言っているも同じじゃない!嫌よ、そんな洗脳しちゃう怖い団体。絶対に就職しません!」
「ハハハ、その財団の偉い俺を堕とすってメリットはあるんじゃない?」
私はぎょっとしてサイコパス野郎を見返した。
げ、恋人みたいに私に体を寄せて来たじゃない!
奴の手はそっと私の右肩に添えられ、その動作のまま奴は私に身を乗り出した。
斜めに傾けた顔を近づけられ、私はその美貌の男の顔に見惚れるどころか、心と頭は大恐慌の渦の中である。
だって、撥ね退けて怒らせたらもっと意地悪されるのよ!
私への意地悪ならまだしも、ハルトを虐めちゃうのよ、この人は!
そっちの方が私が嫌だからって。
私の唇にアストルフォの吐息が掛かる。
は!もう奴の唇は私の唇との距離を数センチに縮めているじゃないか!
「う、うわあああ!」
結局狼狽して押しのけてお終いだった。
ちょっと力が籠っていたので、私に押しのけられたアストルフォはダッシュボードに肩をぶつけていた。
「ああ、ご、ごごごめんなさい!」
私は酷く慌てたまま車のキーをアストルフォの手に押し付けて持たせると、殆ど逃げるようにして急いで運転席から外に出た。
「あ、あなたが車を施錠してきて!わ、わたしは先に行っている!」
走り出して気が付いたが、しまった。
私ったら、先に下着屋に行っている、って意味の事を言っちゃっていない?
ああ、やられた。
あのサイコパス!
でも、アストルフォを怒らせたら怖いからと、私は素直に下着を売っている店舗に向かっていた。
とぼとぼと。
あの夏の日に、バーンズワースと一緒に買い物に出掛けた時みたいに、テロでも起こんないかな、なんて思いながら。
だって私はモブだから、イベントが起きたらその他大勢と勝手に逃げ去ることができるのよ。
ジュリア・ノーマン 本名 カイル・ノーマン 21歳
ピンク色の髪に水色の瞳をした背の高い痩せっぽちの少女→青年が変装した姿
人を窺うような喋り方
男が少女の振りをしているため、その振る舞いが精いっぱい。
エルヴァイラの心が完全に壊れないように(人間味があるように)守っているのは、人の心が無い人間には更生など出来ず、更生した時の自分のやった事への罪悪感や忌避感など絶対に得られないはずだからという信念のもと。
親友一家だけでなく親と妹を死に追いやった嘘吐きなエルヴァイラに、自分のやった事を反省させることだけが生きがいになっている。




