友達だから名前を呼ぶの
私は自分を心配して従兄が駆け付けてくれた事に喜んだ。
彼はとっても義理堅く真面目な青年だが、思春期と反抗期特有の残念仕様で、今現在はその素晴らしき性質を不良っぽい仕草で台無しにしている。
けれど、私には他人行儀を幼い頃から取っているので、不良化しようが私に乱暴な言葉なんか投げかけた事もなく、それどころか、優先座席を見つければ絶対に私をそこに座らせるぐらいにとても優しい。
幼い頃は私にだけよそよそしい事を悲しくも思ったが、近所の子も、他の親族の子供達も男の子ばかりなので、彼が女の子の私とどう付き合っていいのか分からないからだと思う事にしている。
だから、彼の他人行儀を私に貫く姿勢にあやかって、センダンさんと苗字で彼を呼んでいるのだ。
また、彼は網元である祖父の直系の孫息子であるからにして、親族においては跡継ぎ様々でもある。
だから、私に話をしに来た彼が今気難しそうな顔をしているのは、私が家名を汚すような行動、自殺をしようとしたのかどうか質しに来たからだろう。
学食の長テーブルを挟んで私の目の前にセンダンでその隣がハルトと並んで座り、私の右横からニッケ、ダレンと続いて座っている。
一人センダンが威圧感を醸し出しているせいで、なんだか圧迫面接みたいな重苦しい雰囲気だが、センダンが大事な時間を割いて私の為に動いているのだと思えば、少しぐらい我慢するべきだ。
「ミュゼ。どうしてこいつらはハルトとダレンと呼び捨てなんだ?」
はへ?
私の隣に座っているニッケは、ぷくっと吹き出した。
「いえ、あの。ダレンさんにはさん付けです!」
ああ、私ったら何を言い返しているんだろう。
と、私の右手はダレンの両手で包まれた。
「あ、ダレンでいいですよ。俺もミュゼって呼び捨てにしたいので。俺達はもう友達でしょう。」
「ええ、そうですね。ダレン。」
ダン、ダン。
学食テーブルの下でダレンがハルトとセンダンに同時に脛を蹴られたみたいで、私は一体何ごとなんだろうとハルトを見返した。
彼は、あら、小説の中のハルトみたいに、斜に構えた雰囲気となっている。
もしかして、ハルトって初対面だったり打ち解けない相手には、それ対応、だったりするの?
じゃあ、小説の中の常に斜に構えて皮肉そうな描写って……。
「ミュゼ。」
私に呼び掛けたセンダンの眉間には深い皺がぎゅうと寄っていて、せっかくの綺麗なペリドット色の瞳の美しさや、ぱっちりとした二重の形の良さだって台無しにしていた。
「あ、はい、センダンさん。」
「俺はどうしていつまでもセンダンさん、なんだ?」
はへ?
「いえ、だって、センダンさんは私にだけ他の従兄弟達と違うから、ええと、馴れ馴れしいのは嫌なのかなって?」
「嫌じゃないよ!」
「え?」
「いいから、俺はお前を可愛いと思っているから!良いか、何でも俺に頼りなさい。いいよ!馴れ馴れしくしても全然構わないから!」
「ああ、ありがとうございます!センダンさん!」
ぶっ。
あ、斜に構えていたハルトが吹き出して笑っていた。
ニッケとダレンまで。
で、ああ!センダンだけは傷ついたような顔だ!
私の右横がツンツンと突かれた。
「ミュゼ。センダンも名前で呼んでやれ。とにかくお前が馴れ馴れしくしないと、大事な話し合いが進みそうもないからな。なあ。」
「ありがとうよ、助け舟。可愛い君の名前を教えてくれ。この町の港はうちが取り仕切ってんだ。新鮮な魚を好きなだけ食わしてやるよ。」
ニッケはセンダンににやりと微笑むと、自分もセンダンを呼び捨てにしてもいいのか、と言った。
「どうする?わしはミュゼの親友になったからな、わしがお前を呼び捨てにすればミュゼも呼び捨てにするし、わしだけさん付けするのは、ミュゼの気が引けると思うんだが、なあ。ダレンも。」
センダンは気さくにニッケに呼び捨てでいいと答えていたが、ダレンこそ目を丸くしてニッケを見つめ返していたので、ニッケの状況を上手く利用するところは凄いと私は普通に称賛していた。
「で、だな。ジュールズ。お前はミュゼの噂を聞いたのじゃろ?誰からそんな嘘噂を聞いたのだ?わしはその噂を流している奴こそ、ミュゼの敵だと思うんだ、なあ?」
「ああ、そうだな。そうだ。ミュゼを知っている俺がどうしてこいつが自殺するなんて信じたかな。確かに海で死にかけたって叔父さんに聞いて、肝をかなり冷やしたけどな。分ってんのか、お前。心配かけやがって。」
私の頭はセンダンの飼い犬の様にしてガシガシと撫でられた。
ジュールズ・センダンさんは、きっぱりと馴れ馴れしい路線で行くようだ。
「ご、ごごめんなさい。ジュールズ。私もよく覚えていないの。どうやら鼻歌を歌いながら岬に行っちゃったらしいって目撃者はいるけどね。」
「目撃者?」