慌てるだけの男
俺は目の前の大男がミュゼを俺の大事なと言い切った事で、俺こそミュゼに裏切られたような気持ちになっていた。
「俺の大事なって、ミュゼは恋人がいるって俺に言わなかったぞ!」
俺は後ろから当たり前のように友人に羽交い絞めされ、俺を羽交い絞めにしている冷静な友人は俺の耳元で冷静な言葉を囁いた。
「ハルト、会話になっていないって気がつけ。」
「いや、だって。」
俺はダレンを振り払うやもう一度ヒヨコを睨み返したが、七人の手下を従えたヒヨコは虹色ヒヨコの赤タイプに変化していた。
つまり、タコみたいに真っ赤に染まっていたって事だ。
「こ、恋人じゃなくて、いや、恋人でもいいかな。ああ、従兄妹だもんな、俺達は。そうだよな、付き合えるんだよな。」
俺は一瞬で相手に対して友好的な気持ちになった。
友好的に潰してやろうって気持ちこそ大だが。
「いとこか~。ああ、そっか。ああ、それで心配で来たのね。ああ、お兄さん、大丈夫ですよ。俺がミュゼをこれからも見守りますから。はい、もうすぐ授業が始まるでしょうから、どうぞ、教室にお帰りになって下さい。」
「ばか。親戚に喧嘩売ってどうするの。」
ダレンが俺の後ろで嘆き声をあげたが、ミュゼが従兄としか見ていないらしきヒヨコでも、外見も良く、何よりも、ミュゼと恋仲になってもいいと考えているらしき男なのだ。
ここは俺の方が一歩先んじていると教え込まなくてどうする。
「ミュゼは俺のものなんで、俺がしっかり守ります。」
俺の言葉を打ち消すように、俺の顔にヒヨコの拳が振り上げられた。
が、彼の拳は俺の顔をぶち抜くどころか、空中で完全に止まっている。
俺が彼の手首を掴んでいるから。
「魔法使い様は喧嘩も得意って?」
「大事な――。」
「まあ、センダンさん。何をなさっているの?」
俺を殴ろうと力を込めていた腕は一瞬で力を失い、保健室から顔を出したミュゼにセンダンさんは完全に向き直ってしまった。
わかるよ。
ひょこっと顔を出したミュゼの灰色の髪はまるで柔らかウサギの毛並みみたいでほわほわで、にっこり笑った顔は癖が無くって癒ししか与えないんだよね。
俺もセンダンさんの今までの暴力行為は忘れて、小首を傾げる、そんなあざといまでに可愛い素振りが似合うミュゼに見惚れてしまっていた。
「ああ、ミュゼ。なんかね、君の従兄とハルトが雰囲気悪くてさ。いやあ、君を守るために協力しなきゃなのにさ、ねえ。」
ダレンは俺達のミュゼの手を握ると、話し合いが必要だと学食方向へと彼女を歩かせ始めた。
ダレン、この野郎。
「センダンさん。」
あ、センダンの手下らしき男がセンダンに囁きかけた。
すると、彼は手下たちに軽く手を振った。
「お前らは教室に帰れ。俺はミュゼの状況を調べてから戻る。」
「ああ、ハイ。」
俺の目の前で七人の暴力装置は何事もなかったようにして解散して消え、ヒヨコは俺なんかいなかったようにしてダレンからミュゼを引っ張った。
ミュゼの左手にはドロテアの手が繋がれていて、ミュゼの手を奪われたダレンはいつの間にか二人の繋いだ手の間に納まった。
つまり、彼女達の背中に手を当てての両手に花状態となっていたのだ。
いや、ダレンに背中に手を当てられて右腕はセンダンに掴まれているという、ミュゼこそ両手に花なのか?
とにかく俺を一人ぼっち状態で廊下に取り残した彼らは、俺の存在なんか忘れ去ったという風に俺の前を歩き去って行った。
「ええ!」
放送室を急襲して真実を話す、その行為は一先ず後回しだ。
俺はとっても寄る辺のない男になっているじゃないか!