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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第二十四章 欲望と期待をひとまとめにすれば希望となる
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君に会えてよかったけれど、君に会わなければ良かった

「バカ野郎がああああああ。」


 俺は崩れ落ちたミュゼに叫んでいた。

 床に転がっていたエルヴァイラだって、ミュゼが倒れる前に断末魔の悲鳴を上げていたが、俺にはミュゼだけだ、ミュゼだけが大事なのだ。


「放してくれ!。」


 俺を羽交い絞めにしていたダレンの手を、叫んだ勢いのまま振り払った。

 ああ、ちくしょう。

 彼を振り払う時に、俺の手の甲がダレンの頬を掠ってしまった。

 だが、それで俺は彼の手から解放された。


「みゅぜえええ。」


 俺はへちょっという風に床に倒れたミュゼに駆け寄り、乱暴だと文句を言われるぐらいの勢いで彼女を抱き起して膝に抱いた。


「ああああああ、お前は!」


 ミュゼは戻って来た。

 灰色のふわふわの髪は俺に抱かれた時にふわっと零れた。

 真ん丸の額に似合う癖のない丸っこい卵型の輪郭、そこにおさまる目鼻は、赤ん坊のように丸みがあって小作りで可愛らしいものだ。

 少々ぷっくりしている下唇は桜色で、俺がキスしたいと思ってしまうのに、ああ、君は俺の口づけを待っているように目を瞑っているが、その瞼を開けることはないのだ。


 君は自分を取り戻して、そのために死んでしまったのだから。


「う、ううん。」


 俺はびくりと震えた。

 ミュゼが対峙していた敵。

 ミュゼの魂の移転先の肉体が呻いたのだ。

 俺は宝物を奪われまいとする子供みたいにして、ミュゼの体をぎゅうと強く自分に押し付けるようにして抱きしめた。


 いやだ。

 ミュゼはこの体に入っているミュゼじゃ無いと嫌だ。

 でもあれはミュゼ何だろう?


 薄茶色の髪にぶよっとした体つきに変わっていたその体が、今や以前のあの姿、黒髪に白い肌に細い体に戻っているじゃないか。

 この意味は、一度はエルヴァイラの体に変化したミュゼの魂が、再び自分の本来の体に戻ったという事なのではないのか?


「う、ううん。」


 うつ伏せで倒れていた黒髪の女は両腕を床につき、呻きながらも自分の体を持ち上げようとし始めた。

 俺はさらにミュゼの体を抱き締めた。

 ミュゼの体からココナッツの様な香りが立ち昇り、これはココナッツの香りじゃ無くてハイビスカスの花の香だと思い直したそこで泣けてきた。


 ミュゼの鼻歌。


 何の歌か分からないと俺は散々に揶揄ったけど、俺は知っていた。

 ミュゼが楽園の歌を口ずさんでいたという事に。


 町の子達がボディボードをして遊んでいるって聞いて、俺は興味を持った。

 何もやることは無いけど、体を動かせないことにも飽き飽きしていたし。

 嘘だ。

 俺はそんなふりをしながら自殺岬から飛び降りようと思っていたんだ。


 夏には真っ赤に花開くハイビスカスの花を摘み

 あなたの帰りだけをひたすら待つの


 俺は変な歌声にびくりとした。

 俺だけじゃ無かった?

 物陰に隠れると、変な水着を着た少女が歩いて来ていた。

 そのまま隠れて見つめていると、隠れる俺を通り越して彼女が向かおうとしている先が、俺が向かおうとしている自殺岬にじゃないかと気が付いた。


 あなたが戻ってくれたら

 いつだって私の世界が楽園になるもの


 楽しそうに歌う彼女の頬と鼻の頭は太陽に照らされて少し赤く焼けていた。

 どうしてそんなに幸せそうなんだと、君に待たれる男は幸せだなって、そんな風に俺は思った。

 俺が見つめていると彼女は立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回した。


 俺が見つめているのが気付かれた?


 俺もそこではっとしていた。

 俺はあの可愛い子の後をふらふらと追いかけて、いつの間にやら自殺岬に続く小道の入り口に辿り着いていたじゃないか。


 しかし、俺が見つめているその目の前で、俺が見つけた可愛い子は可愛らしくないことをし始めた。

 立ち入り禁止の札のついたアーチスタンド、それをひょいっと跨いだのだ。


 え、駄目でしょう。

 あんなに幸せそうで、自殺、するの。


「ローゼルローゼルローゼルヒ~。」


 へ?口ずさんでいた歌が変わった。

 あ、彼女の腕には小さな籐籠が揺れている。


「ついでのついでの食探し~。食べられるのはブッソウゲ~。失敗ないのはローゼルヒ~。」


 え?


 俺が見つけた可愛い子は、せっかくの素敵な雰囲気をぶち壊す変な歌を歌いはじめ、茫然とする俺の目の前で自殺岬への小道に消えて行ってしまったのだ。


「なんなの!ブッソウゲ?ローゼルヒ?職探し?」


 その時の俺が積極的にミュゼを追いかけてしまったのは、彼女の謎の言葉の意味が知りたかっただけかもしれない。

 いや、その謎の言葉が貰えたと、それは何だと追いかけて尋ねる理由が出来た、と喜んでだったに違いない。



 追いかけなければ、俺の人生の中で彼女を抱き締め、彼女に愛していると言うことなんかできなかったんだ。


「ああ、ミュゼ。君をあの日に追いかけなければ良かった。どんなに君を愛しているって言っても、君はもう俺の声が聞こえない。」


 額が丸っこい彼女の頭は、やっぱり丸みがあって子供のようだ。

 俺は彼女の頭を、彼女の柔らかい髪を感じられるように撫でた、

 それから彼女の唇に口づけた。


 これはミュゼだ。

 俺の好きなミュゼそのものだから、俺はいくらだって好きだと言ってキスだってできる。

 君に魂が無くなってしまったけれども。


「ああ!エルヴァイラ!ああ!魂の移転は成功したのね!」


 俺の愁嘆場に母親ぐらいの女性の声が水を差した。

 俺が忘れたい、ミュゼの魂が入ってしまった俺のミュゼではない女。

 その肉体は女性の声にびくりと震え、だが、その声に力を得た様にして自分の上半身をようやく起き上がらせた。


 顔に受けた傷跡は残るが、それはエルヴァイラそのものの顔であった。


 エルヴァイラは目の前でミュゼを抱く俺の姿に驚き、だが、次に彼女がどんな顔をしたのか俺は知らない。

 俺のミュゼを殺した魔法省のアンナ・グリーンが、その女を抱き締めて俺の視界から隠してしまったからだ。


 十七年ぶりに娘を取り戻した魔法省の偉い女は、そのために犠牲になった骸などどうでもいいのか、大事な娘をSPに囲まれながら連れ去っただけだった。

 俺のミュゼは俺の腕の中に打ち捨てられた。

 引き離されるよりもずっといい。

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