そして幕はあっけなく閉じる
舞台の下にニッケがいた!
私を見守っていてくれたのだ!
物凄く感謝しているしけれど、一言だけ言わせてもらえば、日本の甚平に似た民族衣装姿を着た人に暗闇から見上げられて目が合うのは、何かの妖怪を見つけたようで心臓が止まりかけるぐらいにびくっとしてヤバかった。
呪いで死にかけている私としては、特に。
「お前はあたしに全てを捧げるんじゃなかったのかあああ。死ねよ、死ねええ!」
友人もいない自分だけの女は、自分への注目が無いからか大声を上げた。
私は彼女の前へ一歩進んだ。
水柱は私の一歩を邪魔しなかったが、私を守るのを止めるつもりはないようだ。
私はまるで噴水の上を歩くようにして、周囲に吹き出す水を引き連れてエルヴァイラの前まで歩いた。
もちろん、般若心経だって唱えている。
エルヴァイラにしがみ付いた怨霊を祓わないといけない。
祓われる事に気が付いたのか、エルヴァイラの母の霊は、ろくろ首みたいにしてにゅうと水の壁の中に首を伸ばし、水の柱の中にいる私の顔を睨みつけた。
「アンナなんて大嫌いよ。マイクは私こそ愛しているって言ったわ。だから彼は私と彼の娘を助けたの。」
私はそんな最低男が私の父親なんて考えたくもないから、どうぞ、そのマイクもあなたにあげるという気持ちで、色即是空と強く言い吐いていた。
意味は全く違うかもだが、自分が生まれる前の小汚い色欲の情報などいらないよ、そんな気持ちである。
「アンナは自分が上だって見せつけるから、あいつの大事なものを取り上げてやったんだ。あいつの子供、ああ、お前こそ今度は逃がさないよ。」
私はエルヴァイラの本質を見た様な、哀れなだけの幽霊を見上げ、もしかしてエルヴァイラが人の話を聞かないのはこの幽霊に縛られたからだったのだろうかとぼんやりと考えた。
大人になることを拒否している、自分を顧みる事が出来ない哀れな少女。
「お前を殺してやる。」
「真実不虚。」
お経の最後に近い文言を、私はそこだけ強く声に出した。
お前の過去の真実なんかどうでもいい、という気持だった。
不倫の過去やら、友人との格差に妬んでいた過去の気持ちとか、そんなどろどろした気持なんて自分以外の人にぶつけるものでもないでしょう?
だから、くたばれ、という気持が私には籠っていた。
そんな気持ちだけでこの世に生を受けた赤ん坊がいる事が許せなかった。
霊はびくりと揺らいで動きを止め、私はそこから一気に般若心経を唱え切った。
さあ、母親の怨霊は消えた。
怨霊が消えれば全ての凶器となった板切れは床に落ち、エルヴァイラは全ての守りを失った丸裸状態だ。
殴った時に彼女が空気人形みたいだった理由がよくわかった。
能力も何もなくなった彼女の肉体は、食事制限も運動もした事がなかったような、ゆるみ膨らんだ体と変わっていた。
彼女の母親の霊と彼女自身のエルヴァイラへのしがみ付きの妄執で、彼女は自分の外見こそ魔法で作り上げていたのかもしれない。
彼女は見ただろうか?
私が滅する直前の自分の母親の姿を。
色欲と妬みだけで恨みに恨みを重ねた怨霊の姿を。
このままだとあなたこそああなるのだと、私は彼女を睨みつけた。
そして、そんな憐れな人間に酷い事が出来る私こそ酷い女だと思いながら、エルヴァイラの外見を成さない幼児の様な女に手を伸ばした。
「さあ、望みなさい!エルヴァイラに戻りたいのなら、私が受けたこの呪いを欲しいと望むのよ。」
私は呪い塗れの左手でエルヴァイラを引き寄せて抱き締め、掴んだままの彼女の右手を私の背中の印にその手の平を押し付けた。
「ぎゃあああああ、痛い、ああああ!いたああい。」
ほんの少しの呪いの移転で彼女は騒ぎ、私を突き飛ばして床に転がった。
「痛い痛い、何をするの!あなたは本当に腐った悪魔だわ!腐った悪魔はそのまま死んでしまえ!死んでしまってあたしの姿をあたしに返せ!」
「私もがっかりだわ、あなたがこんな根性なしで。」
ほら、呪いを受け取ってくれなかったから、私の肉体が崩壊してもう持たないじゃ無いの。
痛みが消えたのは、もう全部お終いだって、神経が麻痺したからなのね。
私はハルトにごめんなさいと謝った。
ダレンやニッケにもたくさんごめんなさいって。
でも、死んだ体だけはミュゼとして埋葬されたかった。
だから、エルヴァイラという素材とアストルフォの呪いを全て抱いて、私はミュゼの体を飛び出た、のだ。
大言を皆に吐いたのに、何もできないまま死んでしまった、が、正しいが。
ああ、アストルフォの乾いた拍手が煩い。




