いざ戦うは魔法少女の運命なり
エルヴァイラだったらしき少女は私に向かって右手を翳した。
「お前を殺してやる!お前さえ消し去ればあたしは元に戻れるんだ!」
彼女の叫びで彼女の足元の舞台の板が次々と剥がれて持ち上がった。
彼女にはサイコキネシスは無いのに、これは一体誰の力だろう?
「ほら!あたしにサイコキネシスが戻って来た。あたしはなんだってできる!はははは!お前に奪われた力が戻って来た。」
私はエルヴァイラをまじまじと見つめた。
怨霊体を見つめる目で見つめ返した。
彼女の後ろにぼんやりとした影が見えた。
その影はエルヴァイラの身体に後ろから両腕を絡みつかせた。
ぼんやりとしていた影は、エルヴァイラに巻き付いた事で徐々に生前の色素と輪郭を取り戻していき、顔の造形もわかるぐらいになった。
今のエルヴァイラと同じ薄茶色でクルクルと巻いた長い髪をした、優しいまなざしを持つ大人の女性。
その霊は私に見られている事に気が付いて私を見返して来たが、その両目には私を彼女の娘と同じく憎々しいと思っていると直ぐに解る光が籠っていた。
「おい、ミュゼ!すぐに舞台を降りよう。俺がハルトを担ぐからな。」
「ダレン、あなただけ降りて。」
「バカ!お前達が殺されるだろ!なんでかエルヴァイラがサイコキネシスを使っているじゃないか!俺はアダムにカバーされているからさ、魔法の力なんて今は使えないぞ!俺の力を解放したらそれこそお前がやばいだろ!」
「大丈夫だから!」
ダレンは私達を見捨てて逃げて。
この怨霊体のポルターガイストに大怪我をさせられる前に。
ハルトが私の手を強く握りしめてきて、私はハルトの手を握り返した。
私がこの世界に生まれ変わっていると思い出して、それで、その時に最初に考えたのは何だった?
ハルトムート・ロラン君に会えたわ!
そう、恋をしてきた彼に会えた嬉しさ。
現実に彼が生きているって知った時の嬉しさよ。
私は左手だけハルトの左手から抜いた。
そしてその手をハルトの胸の上に置いた。
左腕は心臓に近いから、だから約束の指輪は左の指にはめるのよ!
さあ、来い!
私の心臓をお前に差し出してやる!
「あう!」
「ミュゼ!」
焼き印の様な呪いの印は、新しい供物が来たという風に私の左の手の平を焼き、私が願えば願う程に私の左腕に巻き付いて来た。
「やめ、止めるんだ。ああ、お前はどうして!」
「あなた……、あなただってさっきやったでしょう!自分一人で呪いを持って行って、自分一人で死のうとしたじゃないの!」
「だって俺がミュゼを死なせるはずは無いだろう。お前のその体、それはミュゼの時と全く変わっていないんだよ。だけど、魂が剥がれたら、お前は、ミュゼは、完全に終わってしまうじゃないか。」
ハルトが私を死なせまいと裏切ったのはそういう事か!
私は私の膝から動くどころか、私の腰に左腕をまわしてきて、私を思いとどまらせようとしてきた男の右手を持ち上げて、そこにキスをした。
「私は……ミュゼに、戻る。……はあ、こ、この姿をあの子に手渡すわ。……私達の呪いと一緒に。」
「ミュゼ。」
「……お願い。戦うから……今は膝から降りて。」
「お前!」
「はいはい。君はミュゼちゃんの邪魔をしないようにお兄さんの方へおいで。」
ダレンはハルトを抱き締める格好でぐいと持ち上げた。
それからいつもの顔付で片目を瞑って見せた。
「お前は大丈夫か?」
「これで……、はあ、これで全部大丈夫にするわ。」
「頑張れよ。俺がハルトを引き受けた。」
「ちょっ。俺は子ども扱いかよ!ちょっと、ミュゼ!」
ハルトはダレンに羽交い絞めにされてじたばたとしていたが、私に怒った顔をしていたが、私はそんな彼の額にキスをした。
「お願い。自分を取り戻させて。わ、私は、あなたに全部を上げたいのよ?」
病院でした約束。
ハルトも思い出したのか顔を真っ赤に染めて動き求めた。
「行って……、ハァ、きます。」
私はしっかり立ち上がった。
呪いの殆どを身に受けてしまったが、痛み以外に私を苛むことは無く、そうよ、前世のヘルニアの痛みや寝たきりで出来た床ずれの痛みに比べたら、こんなのはまだ可愛い痛みだと笑っていられるわよ!
よろっとよろけたが、親切なダレンが私の肩に咄嗟に手を当ててくれた。
「ありが……、とう。」
「どういたしまして。まあ、俺よりもエルヴァイラに礼かもな。」
「何……、を?まあ!」
今まで何も行動を私に起こさなかったのは、私達の騒ぎが納まるまで待っていてくれたかららしい。
それはまるで特撮ドラマの悪役のようだと考えて、私は笑いながらエルヴァイラに向き合った。
私にぶつけようとした木片を宙にグルグルと浮かべたまま、その中心でマネキンのように立っているなんて、まるでウォータードームのようね。
「お待たせ。さあ、私からエルヴァイラを奪うのでしょう。やって見せて!」




