デウス・エクス・マキナ
ダレンが私に危ないと大声をあげた。
私はそれでも動かなかった。
瞼を閉じて真っ暗な世界なのに、オレンジ色の輝きは増して眩しすぎる程で、それなのに私の後ろに迫ってくる人影も感知出来た、にもかかわらず、だ。
私の意識は呪いを解く事だけ。
いいえ、ハルトの呪いを全部自分に引っ張り上げる事だけに集中していたかった。
でも、私に向かって近づいてくる存在はちゃんと認識していた。
あれは、自転車に乗った見ず知らずの女性だ。
とても必死になって自転車を漕いでいるけれど、ああ、私に向かって彼女は自転車を漕いでいたのね。
私を轢き殺すためだけに!
私は轢かれそうだって気が付いて、そこで何も考えられずに動けなくなった。
私は撥ねられた。
いいえ、そのぐらいの痛みが呪いと一緒に帰って来ただけだ。
だって、私の両手の指がハルトの両手のそれぞれの指先で握り返されて、私は現実に意識を戻せたじゃないか。
意識を取り戻したのならば、彼を殺させない。
私は息を吸って痛みをこらえると、続きの言葉を唱え直した。
「かわ、乾いた強風は、……枯れた草木を、こな、粉々に打ち砕い、た。」
後で大きな音と何かが潰れた様な音がした。
でも、ハルトの両手は私の両手をしっかりと握り返している。
何があってももう怖くない。
「ば……、か。」
「い、いいの。あなたがいない世界は生きていけない。」
ハルトの両の瞼はほんの少しだけ持ち上がり、それで彼は私の姿を見たのだろうか、彼は物凄く辛そうにぎゅっと瞼を再び閉じて、彼の両目からはついっと涙の雫がが零れて彼の頬を伝った。
ニッケが私から姿を隠したのは、私の今の姿でミュゼの姿を忘れたくないからだと、ダレンが教えてくれた。
あいつも落ち着いたらお前に会いに来る。
あいつにとってはミュゼが初めてのお友達なんだ、一番つらいのはお前だろうがさ、わかってやって。
ハルトもきっとそうだったのかもしれない。
この二人で最後の時に、私の姿を見てしまった事で、私はハルトの中から消えてしまっただろうか。
ハルトは瞼を閉じたまま、顎を少しだけ持ち上げた。
「ミュゼ、俺にキスをしてくれ。俺は君がいる限り君の隣で生き続ける、から。」
「ああ!ハルト!」
私は恋人に唇に、それも逆さまになってしまうだろうが、身を屈めた。
後に流していた私の髪が、身を屈めた私の顔にすだれみたいに垂れかかった。
「この糞女!世界に仇なす薄汚れた呪われた魔女!あたしから奪いつつあるあたしの姿を返せ!その姿はあたしだけのものなんだ!」
私はエルヴァイラの大声に怒りをたぎらせながら振り向いた。
そしてそのまま凍ってしまった。
美しかった白い顔はあちこちに切り傷と打撲があって腫れていて、真っ赤に膨らんだ今の顔には美しさの片鱗も残っていない。
それどころか、艶やかで真っ黒かった髪が今や薄茶色に色が抜け、毛先だけ巻き毛だったはずの髪質が、うねってねじれての膨らみのあるソバージュ状態になっている。
そこでハッとして、エルヴァイラが叫ぶ前に見えた自分の髪色を思い出した。
黒っぽくなかったか?
私の髪は黒く染まっていなかったか?
私の姿は元に戻って、いた?
いえ、でも、エルヴァイラは何て言っていた?
――あたしから奪いつつあるあたしの姿。
まさか!
まさか!
まさか!
「お前は簡単に粉々になったはずだ!どうしてあたしの邪魔ばかりするんだあ!!」
「何を言っているの?」
「ハハハハハ、言っただろう。うさぎちゃん?俺が捕まえた時、君は死んだばかりの魂だったと。君こそエルヴァイラ。当時はアンナ・ローズバークだったが、魔法省のアンナ・グリーンの大事な娘として生まれたばかりだったんだよ!そうしてね、ははは!エルヴァイラから本当の姿に戻ってしまった彼女の本名は、同じ病室で君と一緒に死んだはずのネフィ・ランダル様だ!」
ラジオの横に胡坐をかいて座り、完全に私達を芝居として喜んでいた男は、おひねりとばかりに私の心を打ち砕く台詞を投げつけた。
「うそよ!大嘘つき!」
私の代りにエルヴァイラだった少女が私と同じ気持ちを叫んでいた。
だって私は自分の髪色も確かめられない臆病者よ?




