君はミュゼの何なんだ?
俺はミュゼが心配だと、保健室前の廊下から動けずにいた。
校内にはベルが鳴り響き、授業終了を知らせてきたが、昼飯前にはもう一限授業は残っている。
午後には特待生も一般クラス生も必須授業は無いから、帰りたい奴は勝手に帰る事ができる、が、今のところは学生が好きに動けはしない拘束時間だ。
「どうしよう。ミュゼちゃんは早引けさせる方が今日は安全かな。」
「ドロテアに頼んだらさ、ミュゼの見守りをしてくれるかな。」
「怪しいぬいぐるみ付って事で、もっと印象が悪くなるんじゃない?」
「ミュゼは良い子なのに、どうして皆して酷い誤解をするんだよ。」
「だけどさ、自殺岬から飛び降りたのも事実だろ。」
「ああ、それかあ!」
俺は頭を抱えてしゃがみ込み、俺がさっさと事実を言わなかったばっかりに、とミュゼへの申し訳なさばかりが湧いていた。
いや、さっさとミュゼに告白して謝るべきだ。
それから放送室を占拠して、ミュゼが自殺岬から落ちたわけを俺が全校放送で告白すれば良いはずだ。
俺が魔法でミュゼを海に落としました。
「ああ、嫌われるなあ。」
「どうした。うわ、涙目じゃないか。」
「いや、あのさ。」
「おい、しゃっきり立って。なんかやばいのが来る。」
「え?」
ダレンは廊下の先を見つめており、俺も彼が見ている先に視線を転じた。
廊下の先では休み時間らしくがやがやと人の波が溢れ出て来ているのだが、その大勢の中で俺達の方へと向かってきているらしき一群がいるのである。
「なんだ?」
「何だろう?外見的には一般クラスでも上の学年だよね。俺よりもガタイが良い奴らばっかりだ。」
俺はようやく立ち上がって俺達がいる方へと歩いてくる面々を観察し直したが、その誰もが次の授業の移動でもなく、互いにふざけ合ったりと会話している様子もなく、軍隊か何かのように真っ直ぐに歩いていることがダレンの癇に障ったのだと気が付いた。
「さすが、もと格闘技系スポーツ選手。で、君はさ、本当の所、何のスポーツをしていたのさ。」
「チェロ。」
「……チェロは格闘技じゃないよな。……楽器だよな。」
「格闘技だよ。あいつにいい音を出させるためにはさ、日々の鍛錬が必要なんだ。持ち運びもデカくて大変だし、いや、もう、鍛えられたね。」
「君が楽器演奏しているのなんて、俺は今まで見たことないぞ。」
「ハハハ。魔法士になる奴はオーケストラに行けないだろ?」
「そうだな。魔法士にならなきゃいけない奴は、小型飛行機の開発なんて仕事に就けないもんな。ダレン、君もなんだ。」
ダレンはやるせなさそうな笑顔を俺に向けた後、再び俺達に向かってくる敵らしき一軍に対して顔を戻した。
体格の良い男達が八人。
一体何が起きているんだ?
八人の上級生達は俺達など眼中になく通り過ぎる可能性の方が高いと考えるべきであるのに、俺とダレンは彼等から警戒心丸出しで目が離せない状態となっていた。
何しろ、俺達が目的ならば、俺達の斜め後ろとなる扉、保健室には守らねばならない二人の少女がいるのである。
八人の中にリーダーらしき男がいるのははっきりとわかった。
ヒヨコみたいな黄色の髪を短く刈って、その髪をツンツンに立たせている、という、髪型だけで暴力的なグループの誰かと思うような仕様だ。
服装は普通に若者らしき白いシャツに黒っぽいストレートのパンツ姿だ。
半袖の白シャツを眺め、俺はいいなあ、と呟いていた。
校内では絶対着用の黒ジャケットは、夏場は暑くて仕方が無いのだ。
ヒヨコ頭は俺の前で足を止め、俺に俺の名前を聞いてきた。
「お前がハルトムート・ロランか。ミュゼが自殺なんかするわけ無いのに、お前がそんな嘘を言って回っているってどういう料簡だ。」
「え?」
「お前のせいで俺の大事なミュゼが虐められているって聞いたぞ!どういう事だって聞いてんだよ!」
ダレンと同じぐらいの背丈のヒヨコ頭の威圧感は凄いが、俺が二の句を告げなかったのは、ヒヨコ頭が怒鳴った言葉の内容である。
俺よりも背が高いヒヨコは、俺を威圧的に見下して低い声を出したのだろうが、そんな事で俺が脅えるわけは無いだろう。
奴の顔の造り?
ダレンよりも癖が無くっていい男だよ!
そんな男が、ミュゼに対して、俺の大事な、という冠言葉を付けたのだ。




