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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第二十三章 死する覚悟で進むべし!
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乙女が見るは烏羽玉の夢

 あたしはミュゼという魔女に殴られて満身創痍だったはずだ。

 意識だって痛みで朦朧としていた。

 そんなあたしがどうかしたのか、あたしの視界は薄ぼんやりしたものとなっていたうえに、なんだか体だってとても小さく感じるばかりだ。


 何が起きたの?

 これこそ魔女による無力化の呪いなの?

 脅えて身じろぎをしてしまった。

 するとすぐに、あたしの体は誰かに優しく抱かれ直した。


 ああ、そうだ。

 始まりの歌に集中していたから、あたしの始まり、あたしが生まれたばかりの頃の記憶に戻ってしまったってことね。

 これは小説や映画でよくある、主人公がレベルアップするためのクエストよ。

 過去に戻って失っていたエネルギーを手に入れて、それから一度は破れてしまった強い敵に再戦するって言う、あれよ。

 こんな体験をするなんて、フフ、あたしはやっぱりエルヴァイラというこの世界の主人公だからなのね。


 じゃあ、あたしを抱くのはあたしの本当のお母さんね。

 孤児院育ちで母親を知らないエルヴァイラの本当の母。

 では先ほどに、あたしが元気な声を出していると褒めたのは、ええと、ぼんやりした視界でも病室っぽく見えるから、同室のママ友かしら?


「ええ、お嬢様。こんな素晴らしい病院でこの子を産むことが出来ただけじゃなくて、お嬢様と一緒のお部屋まで使わせていただけるなんて。娘も私も幸せで大騒ぎしちゃいますよ。」


「まあ、そんな事はいいのよ。あなたは家族同然だもの当たり前でしょう?それにお嬢様は止めてよ。モイラ、あなたと私は一緒に育った中でしょうに。」


 母親が思いのほか優しくいい声で嬉しいが、ちょっと待って、どこかのお屋敷の女中だったって設定はいただけないわね。

 あら、でも、もう死んじゃっているんだし、アハハハ、あたしには関係ないか。


「そうですけどね、お嬢様はお嬢様です。ねえ、ネフィ。」


 え?

 何を言っているのよ?

 あたしはエルヴァイラよ?


「いいえ、アンナって昔みたいに呼んで?だって、ネフィと私のエルヴァイラは同い年で同じ日に双子みたいにして生まれたわ。友達付き合いするであろう子供達の親同士にそんな上下があっちゃいけない。そう思わなくて?」


「でもお嬢様。私は母の代からトレバー家のお手伝いさんですもの。」


「もう!モイラって本当に頑固者!あなたほどの優れたハウスキーパーはいないし、父はあなた方母子がいなくなったら、その日のうちに死んじゃうわ。ねえ、あなた、あなたから何とか言ってくださいな。」


「ああ、ごめん。俺のエルヴァイラを親友の魔の手から守っていたんだよ。」


「ひどいな、ローゼンバーク。君のエルヴァイラは美人になるだろうって褒めただけだろう。この真っ黒の髪の毛も、金色の瞳も、ああ、君譲りでとっても仔猫みたいで可愛いねって。」


 何を言っているの?

 あたしはここよ?

 エルヴァイラであるべきあたしはここにいるのよ?


 薄ぼんやりした視界の中で、それでもあたしにはあたしの敵の姿がはっきりと見えていた。

 体の大きな黒髪の男性に腕にはやはり黒髪の赤ん坊が抱かれていたが、そいつはこびり付いた垢みたいにあたしの人生を台無しにしてきたあいつだ。


 これは夢だ。

 そう、悪い夢だ。

 悪い夢ならば壊せばいい。

 こんな悪い夢ならば粉々にしてしまえ!


 私を抱いていた腕が私を強く抱き直した。

 同時に、あたしが望んだとおりの事が起きた。

 酸素ボンベを抱えている患者があたしたちのいる部屋に突然に入って来て、驚く大人達を尻目に何かを万歳と言って自分のボンベに炎の魔法を当てたのだ。


 世界は一瞬で爆発を伴った紅蓮の炎に包まれた。

 私の身体は最初の爆風で母親ごとバラバラにされてしまったが、これは間違いを訂正するための聖なる儀式でしかなかった。


 だって、あの女も私と一緒に粉々になってしまったのだ。

 でもね、あの女は一瞬で自分を失ったのに、あたしはずっと唱えていてよ?

 あたしはエルヴァイラ。

 あたしはエルヴァイラ、と。


 そうよ、だからあたしは今度こそエルヴァイラに生まれ直せたのよ!


「――唱えよ、フォルカナの名を。」


 あたしはそこではっと目を見開いた。

 戦いは終わっていない。

 今度こそあの女を殺す。

 あたしはエルヴァイラにあの日に生まれ変わったのだから、あたしはエルヴァイラとしてこの世界の悪を正していかなければいけないのよ。


 口の中の折れた歯をぷっと吐きだして立ち上がった。

 あたしに成り代わろうとはじまりの歌ではなく石碑の碑文だけを諳んじる女を、あたしは視線だけで殺せるぐらいに睨んだ。


 あいつは半分ぐらいにあたしになっていた。

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