少女地獄に落ちし者は
殴られた殴られた殴られた殴られた。
このあたしが!
世界の秩序と人々の平安に心を砕いてきたあたしが、先を見通す力が無いどころか無いものねだりで他人の褌で相撲をとるような卑怯者に殴られた。
あたしはこれ以上ないぐらいの念を込めて右手を翳した。
私に背中を向けている女。
真っ白い髪をした、はっは、何あれ、背中に真っ黒な手形なんて汚れまである性悪な魔女を破壊するべく全身全霊の力を込めて翳したのだ。
「はあ?どうして何も起きないの!」
あの女はあたしが望んだように体がバラバラに弾けもしなったし、ほんの少しだって何かの衝撃を受けたようには見えなかった。
「どうしてよ!あたしはエルヴァイラ!サイコキネシス持ちの魔女なのよ!」
「~慈愛に溢れた我らが全知全能なるフォルカナ様
そのたぐいまれなるお美しさと慈悲深さ
神を失った我々にそのお力を分け与えてくださった~」
混乱に落ちかけたあたしを宥めたのは、どこからか流れて来たあたしが大好きな歌だった。
ああ、魔法使いの歌、だわ!
あたしたち魔法使いが人と一線を画す事が出来るようになった、そのきっかけの、人類が進化することとなった、類まれなる歌。
あたしは大好きなこの曲に精神を集中させた。
さあ、この曲で人類は魔法を取り戻した。
さあ、呪いの魔女に奪われたあたしの力を呼び戻すのよ!
「人と神は同じ地上に住んでいた。神は人の為に雨を降らせ天を輝かせ風をそよがせ、そして、豊かな土から次々と命あるものを生み出していった。」
「誰よ!今は歌を聞く時間よ!石碑の言葉の方を呟くのは止めて!」
「人は祈った。一心に祈り、消えかけた神々をほんの少しだけ取り戻す事が出来た。再び力を持った神々は、今度は人と交わることをせず、天上から人を支配することを選ばれたが慈愛に溢れた我らが全知全能なるフォルカナ様は――。」
「だから止めて!歌の邪魔をしないで!これは魔法使いの聖なる歌なのよ!」
「だが人は人だ。神と同じ力を持ったと傲慢になり、勤勉さも失い、さらには神から離別の道を選んだ。フォルカナは人に力を与えて、その御身を露と消してしまったというのに。」
「やめろ!薄汚い魔女め!」
あたしはあたしの邪魔ばかりする女の背中を睨んだ。
男の手形らしき真っ黒で汚らわしい手垢が付いた、あたしを呪っている女の罪深き背中を!
そいつはあたしが集中しなければいけないのに、ぶつぶつと余計なものを暗唱してあたしの精神統一の邪魔をしているのだ。
あたしが力を取り戻したらあたしがエルヴァイラになってしまうから。
ああ、憎い!
いつもいつもいつも!あたしの前に現われるあたしの障害物。
あたしというエルヴァイラの存在を否定する、傲慢で嫌な女。
あたしは床に転がる板切れの破片を掴むと、その女の方へと駆けだしていた。
この木片をあの背中に打ち込むのよ!
延々と唱えているその詠唱、あたしの力を奪おうとしているその行為をやめさせるのよ。
「危ないミュゼ!」
「きゃああ!」
しかしあたしが魔女を滅ぼそうと腕を振り上げたそこで、あたしは何かによって撥ね飛ばされて悲鳴を上げたのだ。
ミュゼに声を上げたダレンじゃない。
だって、これは、ああ!風だ!
あたしは風に飛ばされている!
ハルト君はあたしを守ってくれているのね!
「――乾いた強風は枯れた草木を粉々に打ち砕いた!」
「うぎゃあ!」
大嫌いな女が呪文のように唱える言葉、まるであたしへの当てつけの様な言葉を強く言い切った時、あたしは全身が粉々になった。
そのぐらい痛かった。
どうしてハルト君があたしをテントの支柱にぶつけたの?
信じられない!
しかし、あたしがどうしてとハルトに叫ぶ間もなく、あたしは重力によって顔から真っ逆さまに落ちていた。
「ぐはっ。」
痛みで朦朧とする中、あたしは口の中に鉄の味を感じた。
全身が痛みで痺れながらも、恐る恐ると右手を動かして口元に指を当てた。
だって、口の中がゴロゴロして舌が変な感触なのだもの。
私は右手に口の中にある異物を吐いた。
手の平には、真っ赤な血にまみれたあたしの歯が転がっていた。
「こんなのはいやだああああああああああああ。」
「まあ、こんなに泣いて、どうしたの?」
優しい声にはっと気づいて目を開けた。
これは夢?
そうよね、あたしがハルト君に傷つけられるはずなんかないわよね。
だってあたしはエルヴァイラなんだもの。
「元気な泣き声ですね。」
泣き声?
ここは、どこ?




