少女心中
私は床に足がつくや、これが自分の力かと思うぐらいの勢いで床を蹴り飛ばし、再び舞台の上に這い上がった。
そしてそのまま、私が倒すべきだと命じられた相手、だけど、単なる成長しきれていない中身が幼児なだけの女に飛び掛かってた。
子供がいけないことをした時は?
言葉でまず躾ける。
何度だって言い聞かせる。
それでも聞かない時は?
他人を傷つける様な行為をしてしまった時は?
「歯を喰いしばれええええええ!」
私は右手を拳にして、その拳をエルヴァイラの顔にぶち込んでいた。
エルヴァイラは簡単に吹っ飛んだ。
もっと体を鍛えているかと思ったが、空気人形ぐらいの手ごたえで後ろへと簡単に倒れたのだ。
「いたあああああああい。何をなさるの!この!暴力魔!あなたこそ矯正されるべきだわ!あなたはあたしを殺そうとしたわね!」
「殺すわけ無いわ!痛いでしょうって教えたかったの!あなたはサイコキネシスって喜んでいるけどね!それを受けた人はとても痛いのよ!自分の能力を勝手に使われた人は、きっともっともっと心が痛いわ!あなたはどうして思いやりが無いの!どうして人を思いやれないの!」
自分の頬を押さえていた女は、私の言葉にさらに両目に怒りを灯した。
そして、あたしはエルヴァイラ、とまた呟いた。
「あなた?あたしになりたいのね。そうね、あたしに成り代わりたかったんだわ。だからエルヴァイラの物を奪おうとするのね。ハルトを奪おうとするのね。ああ、全部わかっちゃったわ。あなた、あたしになりたかったんだ?」
私は床に転がるエルヴァイラのシャツを掴んで彼女を起き上がらせ、それから彼女の両目を真っ直ぐに見つめ、前世の少女時代という大昔から思っていた事をエルヴァイラ本人に伝えた。
「あなたになりたいって一度たりとも思った事は無いわ。」
言い捨てて彼女を突き飛ばすと、私はハルトのもとへと走った。
ほんの数メートルの距離なのにそれは遠く、彼のもとに辿り着くまで、私の世界は物凄くゆっくりで、物凄く長い時間がかかったように感じた。
まるでピエタの絵の様にして、ハルトはダレンに抱かれていた。
ハルトを抱えるダレンの目は、涙にぬれて真っ赤に染まっている。
「ミュゼ。」
私を呼んだのはダレンだ。
私は動けなくなったから。
「みゅ……ぜ。」
「ハルト!」
私は膝が壊れるぐらいの勢いで床に思いっきり膝をつき、ハルトを抱きしめたいとダレンに両手をさし伸ばした。
ダレンは私にハルトを抱かせてくれ、私は虫の息の恋人を抱き締めた。
私の背中も痛い。
でも、私の背中の呪いは私を痛めつけても私を殺すことは無い。
全ての茶番を見つめていて、全ての狂言回しを聞いているはずの男へと、私は全身の全てを絞り出すようにして叫んでいた。
「勝ったわよ!私は勝った!お願い、ハルトを助けてよ!」
どおん。どおん。どおん。
大きな大砲の音がテントの周囲で鳴り響いた。
観客たちはそれで完全に正気に戻ったのか、いや、新たな魔法にかかったようにして、テントの四か所の出入り口から蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。
誰もいなくなった空間に、舞台の真ん前にそれこそ主役の様にして立っている、悪魔のように出現してみせた紫色の影。
そいつの手には小型ラジオがあった。
彼はにやにや笑いながら、腕に抱えるラジオのスイッチを入れた。
「さあ、奇跡の時間だ。ミュゼ、魂の移転の時間だよ?ロラン君を助けたければ、君は彼の呪いを全部自分の身に引き寄せるんだ。」
魂のまま死体を渡り歩いてきたらしき私。
この肉体が滅んでもどこかの死体にアストルフォは入れると言っているのだ。
ミュゼとして生きられない運命ならば。
「わかった。でも、引き寄せ方が分からない。」
「集中するだけ。背中の痛みにね。」
私は目をつぶり、しかし、私の二の腕に強い痛みを感じた。
ハルトが私の腕に噛みついたのだ。
痛かったが歯形も残らない程度の噛み痕。
だって彼は死にそうなのだ。
彼自身の血を呼吸をするたびに口元や鼻から流している、そんな状態なのに、彼は私を守ろうと力を振り絞ったのだ。
「……ばか、げふ、止めるんだ!」
「だって、本当のミュゼに戻れないなら、私は別の私で生きるしかない。だったら、この体を捨てたって構わないわ!あなたさえ生きてくれるなら!」
「俺だって、みゅ、ミュゼがいないなら、死んでしまいたい。それに、君は、君の身体は、げふ。」
私は大きく息を飲んだ。
モブでしかないこの世界の背景の様な私。
そんな私をハルトは見つけ、そんな私が消えたら死ぬとまで言っているのか。
私こそ彼がいない世界など生きてはいけないというのに。
「じゃあ、やっぱりあなたの呪いをちょうだい。一緒に死のう?」
私はハルトを膝に乗せあげ、ハルトの左手に自分の左手を絡ませ、ハルトの右手に自分の右手を絡ませた。
「……ずっと……一緒……だ。」
「うん。」
だけど、ハルトは凄く嘘吐きだった。
一瞬で私からほとんど全部の呪いを奪って行ったのだ。
私は酷い恋人の裏切りに叫び、だからこそ自分も彼を裏切ることにした。
両目をぎゅうと瞑り、ほんの少しだけ残っている、針の目ぐらいになった私に残った呪いの痛みに気持ちを集中させたのだ。
ああ、集中しているのに、ラジオから流れる音は良く聞こえる。




