友の温もり
俺の脳裏には、額を赤くして俺に大丈夫だと笑うミュゼで一杯になった。
それから、病院で片足にギプスを嵌めて包帯塗れのミュゼの姿に変わり、それでも彼女は俺に大丈夫だと言って嬉しそうに笑った。
だけど、ミュゼの姿がパッと消え、残ったのは空っぽになった病院のベッド。
そこに重なるようにして、逆さまになったミュゼの顔がフラッシュバックした。
アストルフォの腕から零れたふわふわの柔らかい髪の毛。
俺の胸にごとっと重たく乗ったのは、死んでしまったミュゼのまだ温かい頭。
もう大丈夫とは言わなくなったミュゼの白い顔、だ。
大丈夫じゃなかったじゃないか!
俺がお前をそんな姿にばかりさせていたんだ!
「おい!ハルト!」
俺の身体は肩に回された友人の腕によって、友人の体に引き寄せられた。
ダレンは俺の背中をもう一方の手で優しくなぞり、俺はダレンの手と体の温かさによって今に意識を取り戻されて気持だって宥められた。
「ありがとう。」
「いいさ。お前さ、バーンズワースのおっさんと話しな。あのおっさんは他人に影響を与える方の能力者。エルヴァイラと同じような能力を持っている人だ。エルヴァイラの対処法も少しはわかるかもしれない。」
「あのバーンズワースはアストルフォの仲間じゃ無かったか?」
「ああ、親友らしいけど、バーンズワースは能力がえげつないだけで、中身はそこらのただの寂しがり屋のおっさんだよ。ミュゼをアストルフォからも守ると宣言したくらいだ。お前と一緒に泣いてくれるさ。」
「なんだよ!それ!それじゃあミュゼの恋人の俺を助けるわけ無いだろ!感応力ったら、あいつの考えが俺にインプリンティングされるって事じゃないか。ぞっとしないね。お前こそあの男に洗脳され済みなんじゃないのか?」
「……お前は酷いね。世間体や固定願念を打ち破りたい。自分のスローガンとは真逆な事ばっかり言う。」
ダレンは俺から体を離したが、俺を逃がさないように俺の右腕の二の腕をぎゅっと掴んで来た。
彼の両目は俺を案じるようにだが、内面を探るようにして真っ直ぐに俺の両目を覗き込んでいる。
「……なあ、スローガンに外見に拘らないってのも入れていたよな、てか、最初の一声がそれだよな。それなのにお前はさ、中身がそのままでもさ、お前はミュゼの外見じゃ無いと嫌なのか?」
「それな。」
俺は大きく息を吐き、ダレンから自分からもう少しだけ離れた。
狭い放送室で大の男二人の身体だ。
離れようとして距離が開けられるほどでもないが、彼から離れ、校庭からも完全に目を逸らして放送室のクリーム色の壁を見つめれば、それが俺がミュゼを壁ドンしかけた壁ではなくともその時のことが思い出された。
俺に壁ドンされたその時の表情はミュゼ以外の何者でもなかったが、俺は今の彼女の姿に好きだという事が出来なかった、そんな記憶だ。
ミュゼが俺を押しとどめたからではない。
ミュゼが大好きなのに、息を吸うように思っている気持を言うだけの簡単な行為でしかないのに、俺こそ好きという言葉が喉で詰まって出てこなかったのだ。
「やっぱり外見かな。俺はさ、一目惚れしちゃったんだよ。お婆ちゃんみたいな水着を着て、幸せそうな顔して鼻歌を歌っていたミュゼに。」
「――お前の趣味が悪いのはわかったけど、それな、歌ってるあいつに一目惚れ、そこは分かるよ。あいつは音痴なのに気が付いたら歌っている。」
「……ミュゼは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない?急に霊視とか意味の分かんない事言い出して、勝手に人の失せ物とか無理矢理悩み相談室やってるぐらいに元気。それでなんとか本戦に出る票をゲットだ。」
「そうか。お前の不正行為で、じゃなかったんだ。流石ミュゼ!やるな!」
「いや、恋人が不正行為しないとミスコンに選ばれないって思い込んでいるお前こそ酷いと思うよ?その固定願念取っ払っちゃいなさい。」
「どうして?ミュゼの姿じゃない本当のミュゼじゃ無いあいつじゃないか。元に戻ったミュゼだったら、何もしなくても優勝だよ?」
「お前の中ではねって、お前は本気でミュゼじゃ無いと嫌なんだな。ああ、わかっているよ。だから俺はお前の行動をミュゼに見せないように気を付けていたんだよ。このまんまじゃ、魂の移転など、絶対に失敗するからね!親友を九月十四日に二人も失うのは辛すぎるじゃないか!」
俺は数分前のダレンと同じことをした。
ダレンの肩に自分の腕をまわし、親友である彼を抱き締めたのだ。
俺達が彼の友人でいられるのもあと四日だ。




