王子の乱心?
ダレンは末っ子だったから、きっと甘々に育てられたのだろう。
彼は不幸な恋人同士がせめてお弁当ぐらいで繋がっていたいという想いに対し、自分にもその弁当を食わせろと騒いでいるのである。
そんなもんをハルトにだけ作りやがってと、不条理この上ない罵倒をなぜ私がダレンから受けねばならないのであろうか。
「俺には作ってもくれなかったハンバーガー!」
「だって、ハルトからお金とっているって聞いたら、そんなの、許せないっていうか。でも、ハルトの為って思ったら、なんか頑張っちゃったっていうか。」
「あ、ひで!俺の秘密基地で弁当を広げている癖に!ああ!ハルトに渡したお弁当のお揃いかよ!お前のバーガーの方がかなりこじんまりしているけどよ、なんだよ!俺だってバーガー食べたい!なんちゃって恋人の俺には何の心遣いも無いのかよ!いいから、そのイカフライぐらい寄こせ!」
ダレンの手は私の弁当箱に伸びてきて、だかしかし、その手の動きを押さえるが如き、けたたましいハウリングが全校舎に鳴り響いたのである。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
「なに!」
「何なの!」
「ごめーん。ええと、どれ押せば音が出るのって、ああ、もうマイク入っている?あーあー。ねえ、音量はこれでいいのかな。」
「ハルト?」
「ハルトだ。あいつ何をやってんの?」
「はい、皆さん。俺は高等部二年のハルトムート・ロラン。放送室をジャックさせていただきましたので、五分だけお時間を頂けないかな?」
ハルトが放送室をジャックした?
私は何が起きたのかと混乱するだけで、壁に設置されている放送用のスピーカーに顔を向けてぼんやりと見つめていた。
いや、すぐにびくりと体を震わせた。
だって、ハルトに応えるようにしてオッケーイという野太い叫びや、どこかのアイドルコンサートのように単なる黄色い悲鳴やら、やっぱり、どこかのアイドルコンサートのように、ハルトムートさま~!、とハルトに呼びかける大声がそこかしこで起きたのだから。
「す、すご、い。ハルトの人気ってやっぱり凄かった、んだ。」
「そりゃあね、伝説級の美女と呼ばれた大女優が母親で、財閥の跡取り息子だ。王族も貴族もないアルカディアにおいては、誰にとっても王子様で、あいつは赤ん坊の時からテレビや週刊誌の芸能欄を騒がせていただろ?」
「え、うそ!」
「おい、嘘って、え、知らなかった?それこそ嘘だろう?」
「だって流行の服は興味ないし、テレビあんまり見てないもの。あ、でも、あ、そうか。もしかして、ラルス王子って連呼されていたのが、その、ハルト?」
「うおう。本気で知らなかったんだ。ラルスってカモメのこと。ロラン財閥のマークがカモメモチーフだろ?そこの王子様って奴。」
確かに小説ではハルト自身が飛行機会社の社長の息子と言っている描写もあったし、本人がうちの会社が作って知る新型機ってN-23を教えてもくれたけど、財閥?それって、破綻しようがない大金持ちっていう雲の上の人達だってことよね?
「ええ!そんな凄いお金持ちの息子を無理矢理特待生に?なんで!どうして!って、ダレン!嘘!」
ダレンは私のハンバーガーを齧っていた。
私が意地汚いダレンの肩ぐらい叩こうと手をあげたそこで、ハルトが私の動きを止めてしまった。
「さあ!女の子達よ、立ち上がれ!そして言うんだ!滅んでしまえ!Tシャツ水着コンテスト!ってね。」
「え?」
「男が女の子を選ぶってだけってどうかと思わないか。俺はね、女の子が憧れの女の子を投票したっていいし、また、女の子こそ気に入った男の子を選んだっていいと思う!どうかな、諸君?」
校舎のどこかで、いや、あちこちで、ハルトに呼応する大声が上がっている。
彼は何をしようとしているんだろう。
「俺はね、人間の価値を外見でしか語らない世界にウンザリしているんだよ。男だってドレスを着て着飾れるし、女だってジェット機のエンジン回転数を唱えられる人であっていい。俺はそう思う。だから俺が参加してやる!押し付けられた価値観や世間体って奴を壊すんだ!」
ハルトの演説が終わるや、特待生棟でも一般生徒棟でも、校舎を壊すぐらいの黄色い悲鳴が上がったのは言うまでもない。
だって私だって椅子から立ち上がり、意味のない悲鳴を上げていたのだ。
「入れる!投票するわ!そうよ!くたばれTシャツ水着コンテストよ!絶対に私はハルトに入れる。ハルトはやっぱり公正な人!完璧な王子様よ!」
「バカ。お前は自分にいれろ。ただでさえ票が無いんだ。」




