エルヴァイラと仲良くしてあげてね
「じゃあ!アンナはエルヴァイラの血族なのか!じゃあ、分かるってもんじゃないか!エルヴァイラがミュゼを憎んだから権力者の身内がって。」
しかし、ニッケは俺に右手を翳して手の平を見せつけた。
黙れという事だ。
「何だよ?」
「わしが会ったアンナは公正な考え方が出来る女だった。そしてな、エルヴァイラと仲良くなってと言ったがな、アンナが仲良くなってほしいエルヴァイラはな、今のエルヴァイラじゃ無くて、目覚めた後のエルヴァイラだ。」
「なんだ、それ?」
「わかんないだろ?わしもそう聞き返した。そうしたらな、」
「間違った魂が入っているからよ。」
聞き覚えのありすぎる低い声が俺達の会話に挟みこまれ、俺とニッケは同時に驚き振り向いた。
アストルフォがフワフワしたものを胸に抱いて、とっても嬉しそうにして俺達の直ぐそば、ほんの数歩先に立っていた。
「お前は何を知っているんだ?」
「知っているも何も、俺は軍人。魔法士ということは、魔法省の管轄下にあり、そして、俺の活動内容から、俺が司法部に属していると普通に解るでしょう。では、俺の活動の指揮者は誰だろう。そう、アンナ・グリーンだ。」
「そうだな。表に公正な面を見せて、裏で賄賂三昧な欲望に塗れるってよくある話だものな!ミュゼはローゼンバークって腐った一族に目をつけられて殺される羽目になったってことか!あんなに善良な子なのに!」
「うーん。凄いな。君こそうさぎちゃんのことになると目が曇る。ここは真実を教えないといけない、かな。」
「お前に真実なんかあるのか!」
俺は飛び掛かりかけ、そんな俺をニッケが掴んで止めた。
「ニッケ!」
「お前にはあいつを倒せんよ。あいつの腕にあるもの、あれがなんだかわかっているのか?」
「腕にあるもの?」
俺が見返そうとすると、アストルフォはお道化た様にして俺の視線から隠すように身をひねり、そして、多分、いや、確実にわざと落とした。
床にバウンドもしなかった、ただぐしゃりと音を立てたそれは、俺が数分前に会話したギャングの生首だった。
「義務教育中の生徒が学校に来れない。これは先生が対処するべきだ。そうでしょう?」
俺はせり上がってきた吐き気が口元に到達する前に口を押さえ、こいつの前で吐くものかと、気力だけ振り絞って吐き気を飲み込んだ。
「悪いね。君達の平和的行動だと、一般人の被害者こそ出そうだった。こっちにはバーンズワースもいるからね、ほんの数分で終わったよ。」
「で、俺も殺しに?どさくさに紛れられるし?」
「いいや。これは君に知ってほしいだけ。君のお家の雇われ人の誰かが、こんな風にされたら嫌でしょう。俺達が襲撃すれば、ほんの数分でこんな状態に出来る。わかったかな?」
「ノーマンを開放しろと?」
「お願いね。」
俺はアストルフォの申し出を受け入れるしかないだろう。
奴は俺の家族があの生首になると脅して、ちくしょう、家族だけじゃない。
俺が抵抗すればミュゼもあの姿にすると脅しているんだ。
俺の喉元に再び苦い胃液が昇って来た。
こんなやつの真ん前で吐いてなど――。
「げえ。」
にっけ。
俺も彼女の横に並び、みっともなく吐くよりはと、一緒にげぇと吐いた。
「ああ、しまった。まだお子様だった。」
「そうだよ!俺はお子さまだよ!ミュゼもニッケもお子様だよ!頼むからこれ以上酷い事をミュゼにしないでくれ!」
吐きながら、少々涙も零れたが、自分の吐しゃ物に向かっていながら、俺はアストルフォに吼えていた。
あの生首がミュゼのものにしか見えなくなっていて、俺はあいつの方など見ることだって出来ないのだ。
「君がエルヴァイラを愛せれば終わりなのにね。」
軽く叩かれた感触を左肩に感じてびくりとすれば、アストルフォの柔らかく優しくも聞こえる声が俺の耳元に囁いてきた。
声がどんなに優しかろうが、いや、優しいからこそ、気配の動きも感じさせずに俺のすぐ後ろに一瞬で来た男が出した声だと、俺はアストルフォに完全に脅えてしまっていた。
「うーん、美人さんだ。ゲロ臭くなければキスしてあげるところ、かな。」
「変態、離れろ。」
アストルフォは嬉しそうにのどを鳴らして笑うだけで、俺は彼には何の脅威にもなっていないのだと思い知らされた。
これでは奴に白旗をあげるしかない。
俺はミュゼを守れない。
俺が意地を張れば、ミュゼがあの生首になるのだ。
「――いいよ。エルヴァイラの恋人になるよ。ミュゼがそれで助かるなら。」
「違う。ああ、そうか、俺の言い方が悪かった。でもこれが最後のチャンスかもしれないからね、君にちゃんと言うよ。お願いだからエルヴァイラの外見を好きになってちょうだい。真ん丸の額が無くなっても、中身はミュゼちゃんに成り代わっているはずなんだから。」
「ど、どういう、ことだ?」
俺はアストルフォに、俺の真横にいる男を見返していた。
左肩を掴む彼の手を振り払うどころか、足元を失ったかのようにして彼の手を掴み返していてもいた。
だってそうだろう。
ミュゼを殺すと言っている男が、俺が大嫌いなエルヴァイラにミュゼを変えるという選択肢を提示してきたのだ。
「エルヴァイラは赤ん坊の時に爆発騒ぎに巻き込まれたんだ。死亡者は大人三人と赤ん坊一人。エルヴァイラが助かったのは、瀕死だった父親が最後の力を振り絞ってね、バラバラになった彼女の肉片をくっつけて生き返らせたからだろう。ただし、間違えちゃった。入れ込むはずの魂をもう一人の死んだ赤ん坊の物を入れてしまったんだ。」
「そうか!アンナはそれで目覚めた後のエルヴァイラとわしに言ったのか!」
「あ、ニッケちゃんもいたのか。まあいい。で、続きだよ、ハルト君。俺は二回もうさぎちゃんを殺して、魂の移転を試みたんだよ。なのに、あのうさぎちゃんは、こんにちわ~って、ミュゼちゃんの肉体で蘇生するばかり。困ったね。君が愛してくれるミュゼちゃんの身体のままでいたいみたいだねぇ。」
「だから俺に、エルヴァイラの外見を愛せ、と?」
「そう。君がエルヴァイラ一筋になれば、うさぎちゃんはミュゼであることを捨ててくれるかな、そんな希望。次に殺して、うさぎちゃんがまた生き返るって確証がないからね。今度ばっかりは慎重に慎重を期して、ネタ晴らしまでしちゃいましたよ。」
「ミュゼのままで良いじゃないか!あいつはミュゼのままが一番あいつらしいあいつなんだ!」
アストルフォはそこでハハハハと愉快そうに笑った。
俺は彼が、俺もその通りに思う、って確かに言ったのを聞いた気がした。
「だったら!」
「何がだったら?俺は何も言っていない。だって俺はしがない雇われ人の下っ端軍人だもの。命令に従うだけだよ?」
アストルフォは俺に言うだけ言うと俺から離れ、俺を脅すのに使った生首を再び掴み上げ、そのままぶらぶらと片手にぶら下げながら俺達の前から歩き去って行った。
俺はニッケと手を取り合うと、病院の出口を目指して歩き始めた。
途中で電話機があればいいなと考えながら。
まず、ノーマンの開放、だ。




