アンナ・グリーン
「わしが言いたいのはな、お主はあのギャングと話しが弾んでいたようだが、あまり感情移入などするなよ、という事だ。いざという時に辛い思いをするのはお前だ。なあ!」
「俺は人を殺さないよ。それに、俺一人だったら、あんな奴らに傷一つつけられるはずもない。だけど、心配をありがとう。」
「……お主は!なんと純粋な奴だな。」
「……お前の言いたかったことは何だよ?」
「はあ。あいつらは明日には全員処刑される。仲良くしゃべっていた人間が骸になった姿をみることになるって、そんな単純な話しだ。」
「大丈夫だよ。あいつらに同情なんかしないよ。あいつらが死んでも心だって痛まない。あいつらはさ、俺に一緒に逃げようって口説いて来てさ、ついでに聞き捨てならないことを言ったんだよ。この町にいるはずのミュゼを誘拐して殺せばボーナスが出るってね。」
俺はニッケに答えながら、俺こそギャングに囁かれたそこで心臓が止まりそうになった、と思い出していた。
どうして別の州からやって来たギャングが、それも、ニッケを殺しに来ただけの下っ端が、ミュゼの命まで狙っているのだろうか。
トゥルカン王国の次期国王様に、ミュゼがニッケの親友だという情報が流れているだけか?
俺がそう考えた時、当のギャングが俺に答えをくれた、という事も。
「ミュゼ・ライトはね、最近裏社会で囁かれる賞金首だよ!世界を壊すアンナ・グリーンって都市伝説を知っているか?あれみたいな存在になるんだと。」
「でも、彼女は自ら改姓してアンナ・グリーンの悲劇を身に受ける事に決めた方じゃなくって?ほら、魔法省の司法部っていう、警察よりもおっかないと噂のあの部にいるアンナ・グリーンさんのことですわよね?」
「ああ、そうだ。そのおっかない女がな、裏世界にこの賞金話を流したって噂だ。ミュゼって女を手に入れておけば、俺達はその女を使ってグリーンって女にも交渉できるって寸法さ。」
そう、あのギャングとの会話を思い出しては、俺はさらに混乱中なのだ。
「ちょっと待て!わしのせいでミュゼも狙われているって話か!」
俺はニッケに押し倒され、ニッケは俺の上になって俺の襟首を掴んでいた。
物凄く必死な眼で、俺に答えを今すぐ言えと言う風に。
俺はニッケの頭に右手を伸ばし、彼女の頭を撫でるようにして、指先だけでぽんと軽く叩いた。
「ばか。お前とは関係ない。なんでもな、司法部のアンナ・グリーンが、ミュゼの死を望んでいるって話を聞いたんだよ。ミュゼの死に懸賞金が出るっぽい、そんな反吐が出る話。」
「アンナ?アンナ・グリーンなんて言ったか?」
ニッケは驚いたようにして目を丸くして、俺はニッケが俺の知らないことを知っているのかと、慌てて身を起こした。
ニッケは俺の上からころりと落ちかけ、俺は彼女が床に当たる前に掬い上げるようにして抱き上げた。
「大丈夫か?」
「うぉ!これか!これがミュゼの言っていた王子様って奴か!」
俺は学校で俺の事も知らない奴らに王子様と言われ、そこにウンザリもしていたのだが、やっぱりミュゼも俺が王子様だと思っていたから付き合っただけだったのだろうか?
それとも、俺が自分を守れない王子様だから、彼女が守ってあげないと駄目だって、一人で荒野を走ることに決めたのだろうか。
「咄嗟の時にカッコいいってわかった。これか!ってむぎゅう!」
俺はニッケを抱き直し、いや、彼女を抱き締めていた。
俺はミュゼの王子様だったんだね!!
「お前は本気で俺の親友だよ!大好きだ!ダレンのことで何かあったら俺に相談してくれ!俺はお前の為に一肌でも何でも脱ぐぞ!」
「ありがとう。だが、女装している今のお前に言われてもな。ハハハ、すまん。お前の知りたい事だろ?アンナ・グリーン。この国でアンナ・グリーンという名前の女は不幸を呼ぶからと、いじめやら殺人の標的にされていたって馬鹿みたいな話。アンナはその姓を自分が名乗ることによって自分こそターゲットにしようと考えた、素晴らしい女傑だ。わしは彼女に会いに行ったことがあるんだよ。ほら、一応な、わしはトゥルカン王国の次期女王だ。他国で軍人育成されるわけにはいかんだろ?」
「一応直談判していたのか。凄いな。それでそのお前が会ったという、その素晴らしい女性がどうしてミュゼを?」
「それはわからん。わからんが、わしを一目見てな、アンナは涙を零したぞ。自分の娘と同じ年だからってね。生まれたばかりの赤ん坊の時に自分共々テロリストに襲撃?されたってね。」
「娘は死んだのか?で、どうしてミュゼが。」
「だから、ミュゼについてはわしが分かるはずなかろう。わしがお前に教えたいのはな、アンナがわしにエルヴァイラの友人になって欲しいとお願いしてきた事だけだ。エルヴァイラの姓はローゼンバーク、アンナがグリーンにする前の姓もローゼンバークなんだ。」




