共闘できている間は私は平気
ダレンが正気に戻ったのはダレンが自力で抜け出したからだと、アストルフォは私に言ってのけた。
「でも、脳みその中身を電気信号で書き換えるって能力なのでしょう?書き換えられた思考ってことは洗脳でしょう。そんなに簡単に戻せるものなの?」
「年端も行かない少女が洗脳の解除について、軍人の俺に異を唱えるとは!君は子供のくせにどんな本を読んでいるの!」
「僕が僕の心理学の本を貸してあげた。この子はちゃんと学校の勉強もするからね、本当に何でもしてあげたいぐらいに可愛いんだよ。」
「黙っていろ変態。で、いいかな、うさぎちゃん。洗脳だろうが幻術だろうがね、脳みその中でね、これは自分の思考じゃ無いって考えられれば、簡単に解除できるものでもあるんだよ。」
「じゃ、じゃあ!ハルトが私を嫌うなんてないわ!無駄な事をしてハルトを傷つけるのはお願いだから止めて!」
「ハハハ、そう言っちゃうから揶揄われるんだって!まあ、実際問題、残念ながら、アダムがハルト君が君を嫌うように仕向けるのは無理だね。いくらアダムが自分が思っていないことを相手の電気信号に書き込めることが出来るとしてもね。アダムの能力はエルヴァイラのあれよりも強制力が弱いものね。」
「ひどいな、ショーンは。確かに僕は思っていない事を他人の脳みそに入れ込むことはできるが、ハハハハ、アリスへの気持ちは本当だよ。僕の感情を全く受けないばかりか、僕を怖がらずに僕を叱りつけるからね。ショーン、君のこの案件に協力はするけれど、いざという時は僕はこの子の味方をするよ。」
うそお!
私の生存率がちょっとだけ上がった?
もしかして、ハルトとの未来の可能性も増えた?
しかしここには人の(私の!!)幸せこそぶち壊して来た男がいる。
「いざという時に邪魔をしたら、俺は君でも殺せるよ。いいじゃない。君には君の能力の利かない俺だっている。うさぎちゃんは俺の獲物。俺のペット。この案件が終わるまでは俺のモノだ。手は出させないよ。ねえ、ダレン君。君だってアダムの呪いを打ち破る方法を今知っただろう?もう大丈夫だね。」
「ああ、大丈夫だと思う。だけど、俺もミュゼを死なせるのは協力できない。」
「わお、男気があるね。うさぎちゃんは俺こそ好きだから、状況に期待しましょう。それでいいかな。ねえ、うさぎちゃん自身も?九月十四日に君が頑張れば君の未来だって何とかなるんだし、もう少し共闘しようか?」
私は頷くしかないが、ダレンは本当に私を友人だと思ってくれているようだ。
「絶対大丈夫だって君こそ信じて。バーンズワースの呪いだって俺は解いた。この方法がエルヴァイラの紺色の呪いに打ち勝てる方法ならば、ああ、そっちも俺はやれるだろうから、ハルトと君を守るさ。」
「あ、ありが――。」
「いや、あれは危険。俺の頭の中にも入り込んで来た魔物だ。」
「あなた!もしかして、最初から、本当は、エルヴァイラのことも紺色の呪いの事も、全部、ぜーんぶ、全貌を知っていたというの!」
アストルフォは私に顔を向けたが、よくできたという風に笑顔だった。
私もアストルフォに笑い返し、そのすぐ後に近くにあったクッションを掴んでアストルフォを殴りつけた。
「あなたは!知っていてどうして私達を虐めるの!ハルトも私も!いいえ、ハルトばかり傷つけている!どうしてなの!」
「エルヴァイラの呪いの封印には、ハルト君の存在が一番かなって、今も昔も俺の考えは変わらないからだよ。君への思慕を捨て去って、ハルト君がエルヴァイラ一筋になってくれたら全ては丸く収まるのさ。」
「そうね。ハルトは真っ直ぐだもの!そんなハルトに嫌われまいと、あの子は自分の歪んだ感情を押さえて、真っ当な考え方が出来るように努力もしたりもするようになるかもね。」
私の頬にアストルフォの指先が当たった。
そこで私が涙を流していたと知ったが、私は手に持っていたクッションを振り被り、もう一度、今度も思いっ切りアストルフォにぶつけてやろうとした。
「君はエルヴァイラになりたいって思った?」
私の手は止まった。
アストルフォは真っ直ぐに私を見つめている。
アメジスト色の瞳には軽薄そうないつもの色はなく、私の内面までもえぐり取ろうとするかの如く私を見つめていた。
エルヴァイラになりたい?
エルヴァイラになればハルトとの恋愛を邪魔される事は無いから?
「絶対に嫌よ。私はその他大勢で、今後も何の目立つことのない凡人でもね!美人でもない埴輪の様な単純な顔立ちでもね!ミュゼでいたいわ。ハルトが愛してくれるミュゼのままでいたいわ!あなたにまた殺されるかもしれないけれど!」
アストルフォは、そう、とだけ答えた。
そして、名前が駄目だったな、とも言った。
「ええ、レイナもアリスも最低だわ。姿形を元に戻して。そして、私をミュゼに返して!」
「違うよ。君がミュゼットとかミュゼリアって名前のままだったら、こんな名前の女の子は嫌って、もう少し聞き訳が良くなったかなって思っただけだ。」
「どうして、それを知って?」
「それはどうでもいい事だ。君が知っておくべきことはね、君がミュゼのままでは生きていけないって事だけだよ?魔法省司法部の部長様、アンナ・グリーン女史様が直々に、君の処分命令書にサインをしたのだから、ね。」
「そん、そんな。」
私は力なく後ろに下がり、ソファにすとんと腰を下ろしていた。
両親が笑いながら語った私の誕生秘話。
両親が、これから生まれてくる私の名前を、ミュゼットかミュゼリアにしようと考えていたという笑い話だ。
「どちらも愛称でミュゼと呼びたいのなら、ミュゼで良いじゃないですか。」
両親が出会った見ず知らずの少年はそう言って笑い、その三か月後に生まれた私に両親はミュゼと名付けた、そんな過去話だ。
私は両手で自分の口元を押さえて、ボロボロ涙を流して泣いていた。
お母さんのお腹の中で死んでいた私に、魂を与えて生き返らせたあの少年は、今も凄いヒーラーでもあるあなただったのでは無いの?
そんな事は叫びたくもないから。




