決めつけ正義厨
「いや、だから、それはそうじゃない……。」
私を睨みつけるエルヴァイラの金色の瞳。
もしかして、この子は、そうかもしれない、そうなりそうで、自分の正義感のまま突っ走っているのでは無いのだろうか。
そうだ、小説は三人称と一人称で語られていたが、小説内で起きている事件情報の類は、全て、エルヴァイラの目を通して語られる、というものだったのだ。
――ガーウィンさんの怪しい振る舞いで、あたしはピンと来たわ!
あたしが名前を出した、ジョセフ。
ガーウィンさんはそこで挙動不審な視線の動きをしたはず。
ジョセフの死体には凍っていた痕が残っていたって聞いたわ。
ああ、ガーウィンさんは大きな冷蔵庫を持っている!
今までに姿を消して来た少年はもしかして!
「ミュゼは違うって言っているだろ!」
ハルトの怒声に、私はハっと我に返った。
いや、意識が違う所にすぐにでも行きそうだ。
「意識が誘拐されたのか?……ミュゼ。ぼんやりするぐらい辛いの、かな。」
エルヴァイラに怒声を上げたハルトが、今度は私の耳に優しく恋人がするようにして囁いてきたのである。
どきんと心臓が高鳴ったそのまま彼を見上げれば、彼の瞳が心配そうに私を見つめているではないか!!
私は完全にハルトで頭の中も胸もいっぱいになって、頭の中に沸いた疑惑やら小説の一片などを一先ず意識から遠ざけた。
「あ、あの。取りあえず額の怪我を消毒してくれる?それで、ええと、私の事心配して授業を放り出してくれてありがとう。助けに来てくれて、ええと、すっごく嬉しかった。」
まあ、ハルトの鼻から牛みたいにぶふーと空気が漏れた気がする。
彼はカパッと音がするぐらいに口を大きく笑いの形に開けて、顔をニコニコマークにしか見えない笑顔にした。
すぐにハっと気が付いて、その間抜け顔を元に戻したが、頬には赤みがさしたままで、私はそんなハルトの素振りで完全に癒されてしまっていた。
今後のいじめられっ子生活がなんぼのもんじゃい、ってぐらいに。
「君の為にだったら、俺は何だってするよ。」
そっと私の背中に、ええと腰近くにハルトの手を感じたが、その手の支え方が社交ダンスをしている人の手の当て方のようで、私は王子様にエスコートを受けているような錯覚をした。
いえいえ、ハルトは私の中では今も昔も王子様なんだから、私は王子様にエスコートされているのだわ!
「ありが――。」
「あ、俺も手当てを手伝うよ。まずは冷やそう。俺の氷結魔法で君の真っ赤になった痛い場所を落ち着かせてあげるよ。」
「うっさいよ!お前はもういいから教室に戻れよ!後、エルヴァイラも!いいか、ミュゼの事は俺が全部何とかするんだ!二度と余計な事などするんじゃない!」
ダレンはハハハと軽く笑ったが、エルヴァイラはそうでは無かった。
堂々とハルトに一歩踏み出すと、腕を組んでハルトの顔を覗き込むようにして睨みつけたのだ。
「あなたはあたしのしたことを台無しにするつもり?今回の事で学校側が重く見る大騒ぎになったでしょう。ここで、あなた一人じゃなく、ライトさんを虐めたら魔法特待生全員が彼女の仕返しをする、という姿勢を見せる事で次のいじめを防げるはずなのよ。ロラン、あなたこそ一人で教室にお帰りなさいな。あたし達がライトさんの面倒を看るわ。今日だけじゃなくて今後もね。」
ハルトはエルヴァイラに何も答えなかった。
答えずに私の背中に当てる手に力を込めた。
「俺が手当てするから、ダレンは教室に戻りなよ。」
「いやあ、女の子と二人きりは問題でしょう。俺も残るよ。」
「女の子一人に男の子二人はもっと問題でしょう?」
エルヴァイラが声をあげたが、ハルトは完全にエルヴァイラを無視する事に決めたみたいだ。うわあ!ダレンもそれに乗っかって、私の為に消毒セットを棚から出し始めたではないか!
「もう!後悔しても知りませんからね!行きましょう!ジュリア!」
二人に無視をされたエルヴァイラは、手を繋いだジュリアを引っ張るようにして保健室を出て行った。
残された三人の私達だが、ハルトは何も起きてはいないようにして私を椅子に座らせ、ダレンはハルトに消毒薬付きのガーゼをピンセットごと手渡した。
「あいつ、やばいな。」
「そんなの元からだろ。ミュゼに何もしなきゃいいよ。」
「しないわけ無いじゃろ。奴は完全にロランが騙されているって思い込んでいるんだ。奴の申し出を受け入れておけば良かったのに。なあ。」
あ、突然の女の声にダレンとハルトがカキーンと固まった。
私も誰が、と私達以外に誰もいないはずの保健室内を見回した。
いえ、カーテンが閉まっているベッドが一台あったわね、そこに?
「だいたいさ、保健室で女の子一人に男の子二人なんて、問題にしてねって言ってるも同然じゃんか、なあ。」
カーテンレールをシャっと音をさせて白いカーテンが開き、そこから現れたのは無駄に大きな円筒の抱き枕だった。
その抱き枕は、縦に二分するように裂け目が出来て、ぱかんとキレイに割れた。
中から出てきたのは、青い髪に青紫色の瞳をした、小柄な少女、だった。
小説の描写が鼻が低くて蛙みたいという残念顔のイメージだったが、実物は鼻が低くて大きな目が離れて見えるのは正しいし、蛙顔と言えばそんな顔なのかもしれないが、妖精みたいで可愛いとしか思えない女の子だった。
「ニッケ・ドロテアさん、お友達になってくれますか?」
私は彼女に両手を差し出していた。
蛙モチーフのぬいぐるみやキャラクターは大好きだし、何よりも、ニッケって、すっごく可愛い子だったのだもの。
彼女は私にポカンとした顔を見せてから、おう、と男らしい返事をしてくれた。




