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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第二十一章  サイコパスはモブを語る
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親友の帰還

 俺は逃げ出していた。

 再会した恋人から。

 恋人が自分に期待など何一つしていない、という事実から。

 そして、今度こそ助ける、とミュゼに約束できない自分から、だ。


 最初は自分のすぐ近くにいたはずの病院で知らぬ間に、そして、二度目は腕の中に入れて守っていたその状態で、ミュゼは俺から奪われたのだ。

 二度目のあの時など、俺の腕の中で彼女は確実に殺されたのだ。

 生きていた彼女の心臓が止まった瞬間も、彼女の体から力が完全に失われていくのも、自分の体の感覚が麻痺して意識が遠ざかる中でありながら、俺の腕の中の彼女からまざまざと感じていたのである。


「また、ああ、同じことがまた起きたら、もう俺は立ち上がれないよ。」


 俺は両手で自分の顔を覆った。

 視界が真っ暗になった事で、俺の足元は学校には無いはずの振動を感じた。

 遠くで車が走る衝撃、それも大型のトラックが地面を軋ませた振動だ。


「ああ。俺は校外に出ていたのか。どんな駄々っ子だよ。」


 顔から両手を下ろして遠くを見つめた。

 学校近くの交差点を社名のない引越しトラックが二台ほど通り過ぎて行った。


「俺もどこかに行きたい。」


 自分の情けなさにウンザリしたその時、今度は俺の耳がスーハーバーにはあるはずのない音を拾っていた。

 親父の会社のN-23のプロペラ音だ。

 俺は空を見上げ、それから、普通のプロペラ機よりもスマートで、しかしながら折りたたまれた翼のせいで歪にも見える新型機の着陸地点が、俺のよく知っている方向らしいと知るや駆け出していた。


「何だよ!どうしてスーハーバーの病院に行くんだ?うちの誰かが大怪我でもしたのか?いや、どうして首都じゃ無くてスーハーバーの病院なんだよ!」


 俺の魔法が風属性で良かった。

 俺はN-23が病院の駐車場に着陸すると同時に病院に辿り着いており、N-23の扉が開いたそこで機体の傍にまで駆け寄ることができていたのだ。


「誰が乗っている!けが人は誰だ!」


「おお!出迎えごくろう!流石我が親友だな!なあ!」


 驚く俺の腕には昨夜電話した親友が納まり、俺は彼女を抱き締めながらも機体の中に他の誰かがいるのではと首を伸ばした。


「おお!ハルト!案ずるな。中にはわしの父とお主の家のパイロットとボディガード?しかおらぬわ。」


「ああ、じゃあ誰も怪我人は。そうか、N-23が降りるにはスーハーバーでは広いここが一番適しているものな!」


「いや。我が父が負傷しておる。おお、来た来た。担架が来たぞ!」


「え?」


 俺の手は驚きに緩んだが、ニッケは俺の腕から離れなかった。

 彼女の体が少々震えている事から、彼女は強がっていても父親想いでもある彼女なのだからとても不安だったのだろうと、俺は彼女を抱き直してやった。

 それから俺は機内のニッケの父の容態を心配しつつ目をやると、病院の職員が押して来たストレッチャーにニッケの父が乗せ換えられるところであった。

 俺はニッケを落とすどころか、ほいっと適当に放り投げようとした。


「あ、畜生!いてて!しがみ付くなってか、放りだしたい!降りろよ!俺の腕から!そして一度殴らせろ!」


「やっぱり!お前がそういうと思ってわしはお前を拘束しておるんじゃ!」


「お前は!実に父親にまで酷い事をして!お前がお姫様だろうがね、悪いことしたんなら一度くらいはちゃんと叱られなさいよ!」


 ストレッチャーに横たわるニッケの父は、二か月前に俺が苦しめられた呪いと同じものをニッケから受け、ピンク色のトゲトゲ化け物となっているのである。

 俺と違うのは、彼はピンクでトゲトゲしているだけで、俺の時みたいにブタみたいに膨らんではいない、という点だ。


「あ……あ、きみ。に、……にっけは、なにも、わるく……ない、から。」


「そうじゃ。父はトルゥカン王国で銃撃を受けてな、傷を塞ぐためにスナイソギンチャク様を寄生させただけだ。まあ、少々痛くてかなり体力を取られるからな、死なないようにな、医者が待機した所で海水ぶっかけだ。さあ、我が父の為に、海岸まで飛んでくれたまえ、ハルトよ!」


「てめ!俺の為にお前が直ぐに帰って来てくれるんだと感動した俺を返せ!」


 俺はニッケを抱き直すと、思いっきりジャンプをして風を呼んだ。

 俺達は病院の駐車場からぴょーんと大きく飛んでいた。

 病院脇の大通りは白いガードレールが側面だけ伸びている。

 その向こうは海岸だ。

 真っ青な海は太陽の光を受けて煌き、その光景はいつも俺とミュゼとの帰り道を思い出させる。

 俺は眩しさに目を細め、すると、小さくて冷たい指先が俺の涙を拭った。


「ありがとう。海が……眩しくてさ。」


「ハルト、そうだな。海が綺麗で眩しいな。だがな、汚くもある。人間と同じだよ。荒れたり凪ったりと、裏切られてばかりだ。」


「親父さんを襲ったのはお前の国の人間か?」


「ああ、わしが飛行機に乗るそこで銃撃された。わしの身代わりじゃな。」


「俺の為に急に帰ろうとしたから、それで襲われる穴を作っちゃったのか?」


「二歳下の弟との王位継承争いが、父のトゥルカン王国への投降で激化したからな。遅かれ早かれ、じゃ。いや、アルカディア帰国便の真ん前でラッキーかもな。だから気にするな。お前に呼ばれて帰国する予定の時にズドンだったと事情を話したらな、お前の親父さんが全面的にわしをバックアップすると約束してくれたぞ。父は軽傷。わしにはロラン財閥が付いた。わしとしては儲けものじゃ。」


「そうか、安心したよ。」


 俺の足は浜辺に着陸した。

 目の前にはミュゼが星砂だと喜んだ白い砂に煌く青い海。

 俺はニッケを思いっ切り投げて、その海にぶち込んでいた。

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