屋上にて
屋上は、ええと、なんというか暑かった。
そうだ、スーハーバー自体がアメリカだったらフロリダかマイアミぐらいの熱帯な気候の田舎町という設定だったなと、燦燦と輝く太陽に負けた私はぐらっと大きくよろめいた。
「日陰に入れば涼しいよ。」
ぐらっとした私を受け止めた男は、全く当たり前のいつもの事だという風に私の手を引っ張って、彼がいつもさぼっているらしき日陰へと連れ込んだ。
「いつもここにいるの?」
「うん。俺の別宅。」
私が、そう、と答えて、私達の会話は終了した。
学校ものだから屋上で逢引きも必須事項なのかもしれないが、私は図書館の片隅、とかの方が良かったと思った。
屋上のドアを開けてハルトを探しに来てみても、ハルトが陣取る日陰に辿り着くまでに、体中の水分を汗で絞り出しちゃいそうな行脚となりそうなのだ。
今回は、彼がぴょーんと飛んで所定位置まで連れてきてくれて来たけれど、次は一人でいけと言われたら、絶対に干からびて死んでしまいそうだ。
「あ、もしかして、誰にも来て欲しくないから、ここ、だったの?」
ハルトはにやっと悪そうに笑った。
「あいつは肌が日に焼けるのを死ぬほどに嫌がるからね。」
あいつとは、白い肌が自慢のエルヴァイラの事であろう。
そこで、小説でもエルヴァイラの回想でハルトは屋上にいるだろうって描写があったなと思い出し、当時、場所を知っているなら突撃しない彼女が珍しいというか、やっぱり好きな人が独りになりたいからだと遠慮していて優しいとこあるなと見直した事も思い出した。
が、事実は、エルヴァイラが日焼けしたくない、それだけだったのか!
「ねえ、ミュゼ。君が変えられたのは顔だけなの、かな?」
私の頬にハルトの手の甲が触れ、私は大きくびくりと肩を震わせた。
嫌だと思ったからじゃない。
彼と一緒でつい忘れてしまうが、私は顔形を変えられてしまっているのだ。
以前よりも美少女な顔だとしても、私はこの顔が嫌いどころか気味が悪い。
だって、親しんだ自分の顔じゃ無いのだもの。
素朴な埴輪みたいな顔だとしても、私は以前の方が良い。
「そう。顔だけ。いいえ、色素も全部抜かれちゃったわ。髪の毛って色を失うとごわごわになっちゃうのね。アストルフォは痛んだところは切ってしまえばいいって言うけど、元々ぼさぼさだけど、だけど、これ以上は切りたくないし。」
私は最近の癖で右側の側面のひと房だけ掴んでいた。
今はこのひと房に揃えて髪を切ってあるが、このひと房だけ短かったのは誰かに切られたからに違いないのだ。
私はそれがハルトだと思い込んで、だから、辛いときはこっそりこのひと房を掴んでハルトと繋がっているように思い込んでもいたのだ。
髪を掴む私の手にハルトの手が重なった。
「髪を切りたくなかったのに、俺が切っちゃったから。って。うわ、そんなに嫌だったのか。でも俺は君の形見が――。」
私はうわああんと泣くしかない。
慌てたハルトが私の顔にハンカチを押し付け、このぞんざいな感じが久しぶりだとさらに涙が零れた。
「ミュゼ。」
「うれしいの。だって、このひと房が短かったのは、き、きっとあなたが持っていってくれたからだって、私はそう信じていた。だから、この長さに髪を全部切り揃えて、あいつらにはバレないようにして、でも、辛い時はあなたが切ったこの髪を掴んで、あなたを、うう、あなたを。」
私はハルトに抱き寄せられていた。
押し付けられた彼の胸は二か月前よりも固くて、でも、彼の心臓の音はとっても大きくて激しかった。
「君が変えられたのは顔だけなんだね。俺の大好きな顔をあいつに台無しにされたんだね。畜生、可哀想に。それで、君が元通りになれるなれる方法は、ああ、アストルフォしか知らないってことか。」
私を抱いて私を慰めるハルトの声に、私は私を脅えさせる彼の殺気を感じ、私の背筋にぞっと冷たいものが走った。
ハルトがアストルフォに戦いを挑んだらどうなるの?
アストルフォは攻撃だけの魔法士ではなく、自己修復も出来るヒーラーなのよ。
「そう、そうね。でも、私が彼が与えた任務をクリアすれば、褒美を出してくれるって言っていた。元に戻してくれるって。だから、お願い。その日が来るまで待っていて。わ、私は頑張るから!」
「それで、君が死んでしまうのを俺は見守るだけか?」
「ち、違う!生き残る。絶対に生き残る、から!」
「この間だってそう言って、でも君は!死ぬところだったじゃないか!」
「でも、あなたが殺されるのはもっと嫌なの!」
「――そういうことか!」
私はハルトにすがったが、ハルトは私を自分の腕から手放した。
振り払うようにしてハルトから引き剥がされた私は、その反動で屋上の床に転がった。
転がる時に見えたハルトの表情は、しまった、というもので、彼が無意識に私に手を差し伸べかけたのも見えた。
でも、それだけだ。
彼は私に差し出しかけた手の拳をぎゅっと結び、その腕を自分の胸に押し付けて私へと向かわせないようにしたのだ。
顔も背けた。
歯を噛みしめた悔しそうな表情。
「俺は君の足手まとい、か?君は俺に期待などしていないんだ。」
ハルトは立ち上がり、そのままぴょーんと屋上から飛び降りてしまった。
風属性の魔法が使える彼が地面に激突しているはずはないはずだが、咄嗟の私は屋上のフェンスに走り寄り、そこから見える下の風景へと目を凝らした。
ああ、ハルトが走って行く姿が見えた。
ああ、良かったと、私はそこで両膝を着いていた。
「もう、ばか。」
私の膝の周りに、ぼたぼたと雫が沢山落ちていく。
私を必死で守りたいだけの人傷つけちゃったと、前世では得られなかった愛をこれで失っちゃったのだと思うと、涙が次から次へと溢れてくるのだ。
でも、ハルトが死なないのならこれでいい。
私が一人で頑張ればいい。
「だって、期待とか、足手まとい、とか、そんな段階じゃ無いの!私は死んだっていい!九月十四日にあなたが死んじゃう結末なら、一緒に死んじゃってしまいたいのよ!」




