保健室で待っていた者
ハルトは私の額の傷がとても許せないようだ。
錯乱したエリザを学校職員に手渡した後、彼は私の傷の手当てを主張して私を保健室へと連れて行った。
とっくに血は止まっている擦り傷であるが、その傷がどうしてできたのかを知りたがり、単にチョコがぶつかってできたものだと聞いてさらに怒った。
私達の前に保健室にいた人達に怒鳴ってしまうぐらいに。
「これはお前の仕業だな!エルヴァイラ!」
保健室で私達を待っていたらしきエルヴァイラは、ジュリア・ノーマンという名の同期の少女を連れていたが、ジュリアはピンク色の髪をボブショートにした痩せぎすの少女だった。
ピンク色の髪に水色の瞳なんかなりたくてもなれない組み合わせであるのに、ジュリアの瞳はなんというか、不幸を背負ったような陰りがあった。
そして、ジュリアの隣に、というか、いかにも待っていましたわよ、という雰囲気で腕を組んでの仁王立ちのエルヴァイラの存在感が大きくて、ジュリアの生気の無さはこのエルヴァイラに吸われているのかと思うほどだ。
ハルトの怒鳴り声にだって、全く意に介さないわ、という風な笑顔なのだ。
「まずは謝れ!ミュゼは怪我をしているんだぞ!」
「それはあたしのせいじゃないわよ。あたしは場を作っただけだもの。ねえ、ジュリア。」
「え、ええ。このままじゃ人気のない所でミュゼが酷い目に遭うのは確実かな、よね。だから、そんな事が起きないように、一度大きな騒ぎを起こして、彼女に嫌がらせをする人達を炙り出したの……です。」
自分のやった事に対して自信満々なエルヴァイラと違い、ぼそぼそと人を窺うように話すジュリアがなんだか違和感があった。
もしかして、ジュリアってエルヴァイラと対等な友人関係では無いの?
「おいおい、もしかしてその場の教師にエリザを選んだのは、俺の為か?」
「ふふん。自惚れ屋ここに極まれり、だけど、そのとおりね。」
ふふんとエルヴァイラは自信満々な笑顔でダレンを見返し、しかし、これから恋心が予定される二人にしては険悪な雰囲気だった。
特にダレンの方が。
「俺は何も頼んでいないよ。」
「あら。毎回手を握られてうざいって言っていたじゃないの。」
「ウザいし、気持ち悪いけどさ、彼女は今回の事で職を失うかもだろ?断罪して人生を破壊する前に、彼女の行動が改まるようなチャンスを与える事は必要なんじゃないか?」
エルヴァイラは、ふん、という風に顎を上げた。
「あたしは間違った人を許せない。今まで何人の罪のない女の子が、エリザの気分で単位を取り消されて泣いてきたと思っているの!あいつは子供の人生を決める教職に就く資格なんか無いと思うわ!」
「それは本当の事か?エリザが今までにミュゼに言い切ったように単位をあげないあげるで、生徒を脅迫したり貶めたりしてきたのか?」
あれ、ダレンの問い詰めに対して、ここにきてエルヴァイラは確信が持てなさそうに視線を宙に動かした。
「おい!」
「この先、そうする可能性が大ってことよ!ほんのちょっとジュリアが意識改革しただけで、ライトさんに酷い行動をして見せたじゃないの!」
「おいおい、ちょっと待てよ!意識改革って、そんな事をすれば誰だって。」
ダン。
エルヴァイラは床に右足を強く打ち付けた。
「とにかく。事が起きてからでは遅いのよ!傷つけられたらそこでお終いよ!あたしは、助けられる人が助けられなかったって事の方が嫌なのよ!」
「いや、まあ、確かに、そうだけど、さ。」
ダレンは実際に私に対してのエリザの仕打ちを見ていたからか、エルヴァイラが言うように今後エリザに傷つけられる子が出る可能性に口をつぐんだ。
自分のした行為を誤魔化すために、ダレンに抱きすがろうとしたことだって思い出したかもしれない。
ダレンがハルトを抱き締めていなければ、きっとダレンは教室前の廊下でエリザに恋人みたいにして抱きつかれていた事だろう。
「理解して下さって良かったわ。ねえ、ライトさん。わかって?あなたもそうよ。誰かを自分に引き止めたいからって、自殺をほのめかすのは一番やってはいけない行為だと思いますわ。」
殺気立つエルヴァイラの目は、私こそを断罪したいと物語っていた。