友の裏切り
寮に戻ってもダレンがいなかった。
学校から寮に帰って来ていないようなのだ。
俺はダレンにミュゼの情報を聞かされるや学校中を走り回り、ミュゼらしき女性の姿を一日かけて探した。
おそらくも何も転校生だと思うのだが、彼女の姿も彼女の兄だというバーンズワース、そう、ミュゼをシュルマティクスで拘束していたあの男だ!の姿も、さらに、エルヴァイラにボロボロにされたはずのアストルフォの姿だって見つける事ができなかった。
だからこそダレンと話がしたかったのに、彼が寮に戻って来ないのだ。
俺は鬱憤が溜まるばかりでなかなか寝付けず、ダレン不在ならばあの方こそだろうと、寮のラウンジにある電話に向かうと国際電話を掛けていた。
電話の応答者が、お繋ぎできるか確認します、なんて言った後に保留のメロディとなったが、それが十分経ってもダラダラと続き、俺は自分の家が金持ちで良かったと思いながら受話器を耳に当てているしかなかった。
「こんな時間になんじゃ。」
不機嫌すぎる眠たそうなニッケの声が応答してきたことで、俺はラウンジの壁掛け時計の針を見返した。
針は二時を指していた。
「時差は五時間だよな。そっちは九時だろう?まだ。」
「八時にはベッドに行くのがわしの習慣だ。」
「早いよ。お前はその習慣をミュゼの家でも実行したのかよ。」
「ミュゼの家ではな、布団に入った状態でお喋りに花を咲かせたわ!」
「じゃあ、俺とも花を咲かせてくれよ!俺だってお前の友人だろ!」
あ、無言になった。
これは違うというニッケの答えなのだろうか。
こんな時間に済まなかったと謝り受話器を置くべきだと、俺は受話器に謝罪の言葉を吹き込もうとしたところで、相手から反応が帰って来た。
「わ、わしがハルトの友達、だと?」
「何をはにかんでいるんだよ!ついでに間が長いよ!お前な、国際電話がどんだけ高いか知ってんのか!いいからチャキチャキ会話してくれよ!」
「はあ、お主はミュゼにもこうだったのか?」
「ミュゼは俺のことを一番に考えていたよ!だから、俺だって、ああ、俺だって、あいつにこんな声を荒げる事なんか、……ああ、あったかも。」
「あったのか。それで、お主は何がしたい?わしに何を伝えたかったのじゃ?」
俺は大きく大きく息を胸に吸い込んだ。
ただでさえ痛い胸が、言葉を出したらさらに痛くなるだろうと思いながら。
「ハルト?」
「ダレンが消えた。あいつはミュゼが戻って来たって言っていた。ミュゼだけでミュゼじゃ無いって、姿形が変わっていたって俺に言っていたんだ。」
「ハルト。明日にはわしが戻るからな、お前はおかしな行動を取るなよ。わかったか、なあ!」
俺は親友であるお姫様に素直にありがとうとお礼を言い、目元の涙を拭いながら受話器を置いた。
受話器を置かれた電話機は、ちん、と小さくベルみたいな機械音を立てた。
「あいつ、ムカつかねえ?」
「セリアが可哀想。何がアーサーが自分に会いに来たのが当たり前だよ。」
「あいつのせいでセリアがアーサーに会えないんだっけ?」
「セリアがいるのにいないって答えるって、どんだけろくでなしだよ。」
口の悪い女の子達のざわめきが後ろで起こり、俺は吃驚と驚きながら後ろを振り返った。
無人だったラウンジのソファに四人の少女達が座っていて、その少女達は生前と同じようにして菓子を片手に噂話に興じているのである。
いや、内容は噂話じゃない。
彼女達がエルヴァイラを虐め始めたきっかけの会話、か?
「目が見えない事を隠してあげているだけよ~。ふざけんじゃないって感じ。」
「モイラもリサもエリーもフォルマも、私を可哀想だって思ってくれたのがきっかけだったの。私のせいで彼女達が死んでしまった。」
俺の真横にセリアが立っていた。
彼女は俺にエルヴァイラが虐められていた理由を思い知らせると、過去の幻影と一緒にすっと消えた。
「俺のせいで君達が死んだって言いたいのか?ああ、そうかもな。俺は君達のいじめを黙って見ていれば良かったのかな。でも、いじめだよ?」
俺は自分の顔を両手で覆い、今こそミュゼに会いたい、と涙を零した。
ミュゼだったら俺に何て言ってくれる?
俺はズボンのポケットから定期入れを取り出した。
そこには定期入れサイズに小さく切った写真が入っている。
俺の隣で楽しそうに笑うミュゼの横顔。
撮影者は俺の姿こそ親父が欲しがっていると思ってのこのアングルだったらしく、親父が持っていたミュゼの写真は正面顔が一枚も無かった。
「鼻はそんなに低くないのに、どうして君は額ばかりを怪我するんだろうね。」
ミュゼの額を指先で撫でた。
丸みがある赤ちゃんの様な額。
毎日だってキスをしたい額だ。
「ああ、畜生。どんな風に変わっちゃったんだよ、あいつは。」
俺は再び吹き出した涙をぬぐい、ラウンジを出て部屋に戻った。
あした、明日はニッケが戻って来る。
ダレンとミュゼについて彼女と相談しよう。
そうしてベッドに入ったのだが、結局は微睡むばかりで眠れもしなかった。
朝を迎え、寝不足でぼんやりとした頭を抱えてもいたが、ニッケに会うまではせめて転校生情報を集めておこうと、俺は朝一で教室に入っていた。
!!
ダレンが、いた。
見た事のない女の子と恋人の様にしてくっついて座っていたのだ。
彼女は白い髪に真っ赤な瞳をしていた。
ぼさぼさな直毛の髪は肩甲骨ぐらいまでの長さで、大きな目は目尻が下がっているという垂れ目だ。
俺に気が付いたのは、白い髪の少女の方が先だった。




