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与えられた希望と身のうちで燻る毒

 俺は校舎を走っていた。

 屋上で転がっていた俺のところにダレンが来て、俺の耳に信じられない事実を吹き込んでくれたのだ。


「ミュゼちゃんが戻って来たよ。だけど、悲しい事にね、君のミュゼちゃんじゃあ無くなっていた。」


 ダレンが言うには、特待生用の校舎の案内をミュゼにしてあげながら観察、ついでに彼女の顔に触れてもいた(奴め!!)のだそうだが、ミュゼは以前のミュゼでは無かったそうなのである。


「髪の毛の色も瞳の色もそうだけどさ、顔の形こそ変わっていた。作り替えられたって言ったよ。だけどね、メモも渡してくれた。俺宛だけど、お前宛ての手紙。自分には近づくなってお願い。そうだよね、あの子は二人の怖い男達に監視されている立場なんだもの。」


 俺はダレンの手からそのメモを奪い取り、ああ、本当にミュゼの筆跡であったしそのような事が書かれていたが、俺は自分を止められなかった。


 だって、ミュゼが生きていたんだ。


「お前は会いに行くなって!ちょっと!」


 どうして九月十四日まで知らない振りをしなければいけないのかわからないが、俺はミュゼをこの手に抱きたいと走ってた。


 どこだ?

 ミュゼはどこにいる?


「きゃあ!」


 俺は誰かを転ばし、咄嗟に転ばした相手に手を差し出していたが、俺の手を俺の身体ごと引っ張るようにして掴んだのは、今こそ会いたくはない女だった。


「まあ、あたしを探していたの?もう!ちょっと私の姿が無いからって!あなたは心配性ね。大したことじゃ無いのよ。あたしはあたしを騙していた事もある人とお話をしていただけ。うん、良かったわ。あたしって、ほら、あなたに変装していたその人に呼び出されてもいたでしょう。だから、凄く、心配になったの。あなたを裏切った行動はしていなかったかしらって。」


 俺はエルヴァイラの手を振りほどき、とにかくくどくど喋る女を置いてミュゼのもとに行こうと踵を返したのだが、エルヴァイラは俺にしがみ付いて来た。


 すごいな。

 サイコキネシスで俺の足を固めた上に、俺の腕に抱きついてくるのだもの。


「何?」


「だ、か、ら、誤解しないでって話。あたしはハルトだけよ?ハルトへの恋心を台無しにしようとする輩は、えへ、乙女のぱーんちをお見舞いしてきちゃった。」


 エルヴァイラは自分の頭をこつっと軽く右手の拳で叩き、ついでに、てへへと笑い、ぺろっと舌を出したが、俺はそんな素振りをする女は大嫌いだ。

 これはエルヴァイラだから嫌な素振りなどではなく、ミュゼがやってもきっと大嫌いな行為で、そんな行為をミュゼがやる子だったらミュゼを好きにもなっていないだろう。


 ミュゼは時々、壁ドン、とか、尊い、とか、耳つぶ、とかわけわからない言葉を発するが、彼女はそんな可愛い子ぶる素振りはしない。

 しないけれど、ミュゼは可愛いのだ。


 俺はエルヴァイラを見下げ、だが、アストルフォを攻撃してきたことは褒めてやろうかと思った。

 あいつこそエルヴァイラの味方であるのに、そのエルヴァイラに反旗を翻されたのならばお笑いであるし、エルヴァイラこそ自分の守りを失った事となるのである。


 ああ、守り。

 お前がミュゼが邪魔だと騒いだから、ミュゼはミュゼでいられないんだよな。


「パンチって、そいつを殺したのか?」


「こ、殺すなんて。ええと、ほんのちょっと壁に叩きつけただけよ。あなたの振りをするなんて身の程知らずだもの。」


 俺はエルヴァイラの頭を撫でていた。

 エルヴァイラは俺に見つめられ、俺に撫でられた事で、作りものみたいな白い頬を真っ赤に染め上げた。

 彼女の俺を見つめ返す恥ずかしそうで嬉しそうな顔は記憶の中のミュゼにも重なり、俺は反射的にエルヴァイラを髪の毛をぎゅうと掴んでいた。

 このまま思いっ切り引っ張って、首の骨を折ってしまいたい、と自分の身の内に押さえられない怒りが噴出しかけたのだ。


「いた!」


「ああ、ごめん。ボタンが君の髪の毛にひっかかった。いや、君が俺をその程度にしか思っていないって知って、頭に来たのかもね。」


「そ、その程度って?」


 俺は身を屈め、エルヴァイラの耳元に唇を寄せた。

 今まで一度もした事など無い行為だ。

 俺から初めての親密な行為を受けたエルヴァイラは、自分の胸元で両手を祈るような形に組み、期待と幸せしか見えない表情で俺を見つめている。


 俺にキスされると思っている?

 しないよ、君には一生、ぜったいに、しない。

 でも、期待しているなら、もしかしたら適うかもしれない希望、絶対叶わないけどさあ、それを君にあげるよ。


「ロラン?」


「あいつは俺を殺しに来たんだよ。俺を殺して成り代わろうとしていたんだ。ほら、俺はロラン財閥のお坊ちゃんだろう?」


「あ、ああ、そうね。そこは気が付かなかった。そうね。あたしったら、なんて迂闊だったんだろう。殺さなきゃだった、のね。」


「それは君に任せるよ。俺はあいつのことは知らないもの。俺が知っているのは、君が知らない誰かと付き合っているから、俺は新しい彼女に恋をした。それだけの話だったんだよ。今まではね。」


 エルヴァイラは大きく息を吸い込み、大きな金色の瞳を憎しみの色に燃え立たせてぎらつかせた。


「あいつを、殺す。」


「頑張って。君が身ぎれいになったそこで、俺は君と今後をようやく話し合える気がするからね。」


 エルヴァイラの肩を軽く叩き、俺は彼女の前から走り出していた。

 自分の行為に反吐を吐きながら。

 こんなことをする羽目になったのは、全部、ミュゼの不在がいけないのだと、ミュゼに対しても怒りが湧いてきたその気持ちのまま、思いっ切り校舎の床を蹴りつけて走り続けた。


 どこに彼女がいるか分からないから、ただ走っているだけでしかなかったが、俺自身、ミュゼに会ってどうしていいのか分からないから、今はこれでいいのかもしれない。


 畜生!

 今すぐにだってミュゼを抱き締めたいのに!

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