神に祝福されし子供
あたしが自分でやった正義の執行について、ううん、あたしという自分自身を守るための布石をしてみせた一番古い記憶は、五歳の頃のあの出来事かも。
五歳のあたしは両親を失った孤児で、物心ついた頃から孤児院にいたから、孤児院にいるそのことを不幸だって思った事は無いの。
でも、周囲はあたしが可哀想な子供に見えるらしく、里親制度ってものでとある家庭の居候にさせられる事となったのは、あたしには悲しい出来事だったわ。
だって、孤児院の寮母のセリーヌはとっても優しかったのだもの。
ここで、セリーヌの事を説明した方が良いかしら。
彼女こそ、あたしをいち早く、神様の祝福を受けた子として気が付いた人よ。
ええと、あたしにはその記憶は無いのだけれど、セリーヌが言うにはね、セリーヌの息子が北部地方のバーシャル湖に大学の友人と行くって聞いた途端に、彼が乗る予定の飛行機が大変なことになるとあたしが言い出したらしいのよ。
それは殆ど神懸かった朗読だったって、セリーヌは今も言う。
復唱だってセリーヌはしてみせちゃうのよ。
――国内線89便の不幸は離陸してすぐであった。飛び立って高度も安定したばかりの時、五人のテロリストが一斉に立ち上がり、隠し持っていたナイフを懐から取り出したのだ。彼等は乗客を脅しただけでなく、大学生の三人を最初の生贄に選んだ。この行為は乗客への見せしめもあるが、その大学生達がワンゲル部で体が大きかったことが最大の理由だろう。今後の脅威を排除するための行為でしかなく、青年達は最初から決まった事の様にして羊のように屠られたのだ。
「あなたのお陰で息子は助かったわ。息子のお友達は残念ながら、ええ、息子の代りに飛行機に乗った子まで刺殺されちゃったけれど、旅行を止めなかったあの子達こそ死ぬ運命だったのかもしれないわね。」
それ以来、セリーヌはあたしの為に何でもしてくれた。
何だって信じてくれたのだ。
そんな優しいセリーヌと引き離されて、知らない家に連れていかれ、そこで今日から家族だよ、なんて言われて納得できるわけ無いでしょう。
大体、家族なんて言って見せても、あたし一人血が繋がっていないし、あたしを一番に可愛がってくれるわけでは無いものよ。
子供のあたしには言えやしないけれど、みすぼらしいと言った方がいい服装をした年若すぎる里親に会った途端に、孤児院に帰りたい、が本心だった。
孤児院ではセリーヌが自分が焼いたお菓子をあたしにだけくれたし、あたしにだけ、素敵なお洋服が載っている着せ替えの本もくれたのだから!
そして、あたしの想像通り、若夫婦は国が支給している家に住むという、生活困窮者でもあった。
それでもあたしはいい子であるために我慢をしたわ。
それなのに!
セリーヌはあたしが可哀想だからと常に気を付けてくれたのに、二人も子供がいる里親は、あたしのやることなすことにガミガミガミガミと煩く小言しか言わないの。
「外に出て遊びなさい。」
日焼けにそばかすが出来たら困るじゃ無いの。
「ご飯を残したのにお菓子を食べないの!」
お菓子を食べるためにじゃがいもを残したのよ。
美容に良い行動を大人になっても知らないなんて、あたしは本当にうんざり。
それでもあたしはいい子だから、ハイハイと言う事を聞いていた。
でも、辛い時には自分で孤児院に電話を掛けたわ。
お家に帰りたいって、セリーヌに泣いて訴えたの。
「ご飯が食べられないからお菓子を食べたのに取り上げられたの。」
「カンカン照りなのに!お外に出なさいってお家を追い出されるの。あたしはお家でご本を読んでいたいのに!」
すると、セリーヌは本当に優しかったから、あたしを心配して何度もあたしに会いに来てくれたのよ。
たくさんたくさん、セリーヌは意地悪な里親に注意もしてくれた。
まあ、里親には里子の養育費が支給される仕組みだったのね。
それで、ただでさえお金がない夫婦なのに、あたしの里親を名乗り出た理由がよくわかったわ。
里親は支給金の存在を子供のあたしに知られてことで恥ずかしそうにあたしから目を背けた。
また、セリーヌから叱責を受けて彼等は反省したのか、その日からあたしを虐めることは無くなった。
彼等からあたしの存在を無視されるようになったけれど、いらない構われ方をするよりも全く平気よ。
でも、子供は駄目ね。
その家に二人子供がいたって事は言ったわよね。
その子達が悪い子って事じゃ無いのよ。
下はハイハイの赤ちゃんだったし、上は八歳というお兄ちゃんで、ええと、彼はピンク色の髪をしていて可愛いくて優しい子だったの。
問題は隣の家の子。
八歳のお兄ちゃんは優しい子でも、その隣の子に虐められて泣いているという、駄目な子でもあったのよ。
あたしの将来の王子様と全然違う。
あら、王子様?
そう、王子様。
その時は漠然とだが、幼いあたしには運命の人がいると分かってはいた。
だから、ピンクちゃんは優しくても、あたしの王子様にはなり得なかった。
うーん、でも、ピンクちゃんはあたしには王子様でいようとしてくれたから、ええ、きっとそのせいね、あたしもピンクちゃんを虐めている隣の子のターゲットになっちゃったのよ。
ピンクちゃんよりも年上の十歳のくせに、五歳の女の子を虐めるなんてひどくない?
だから、あたしはセリーヌに電話を掛けていた。
隣の家のアンナって子が信じられないくらい悪い子なのよ、って。




